第26話 ケダモノ達の襲撃

 広場で巻き起こっていた抗争は、新たな段階に突入した。それはその場にいる誰もが思ってもみなかったことだった。

「嘘だ」

「これは夢だ・・・」

人々は空から降りてきたケダモノ達の、赤い目に捕らえられた。

50体は、いるだろうか。翼を持ったもの、嘴がついているもの、狼のような姿のもの、見た目は皆少しずつ違うが、不気味に半笑いを浮かべていることと、人間より遥かに大きな上背があることは共通している。

人々は、固まった。中には絶望のあまりすすり泣いたり、ショック状態に陥ってケダモノに突進していく者もいた。誰も彼もがケダモノの鋭い爪、牙に痛めつけられた。

現場は一瞬で地獄に変わった。逃げ惑う人間達を、笑い声のような叫びを上げながら追いかけるケダモノ達。救護隊がなんとか怪我人を運んだり、無事な人を逃がそうとするも、それらの努力はケダモノ達によって一瞬で無に帰されてしまう。もはや、自分たちの描いていた正義など、人々の目の中には映っていなかった。

殺される・・・。

人々の頭の中に「なぜ急にこんな化け物達が現れたのか」という問いかけはなかった。そんなことどうだっていい。とにかく今は安全な場所に逃げなければ、冗談でもなんでもなく、本当に殺されてしまう。

悲痛な叫びは幾重にも重なり、広場を埋め尽くしている。

「ナミ様、コト様、誰か、助けて・・・」

誰かの声はケダモノの口の中に呑み込まれて消えていった。


ーーーーーーーーー


ナミが耳につけていた無線機をもう一度付け直す。何度角度を調節しても、無線機の調子が治らない。眉を顰めた。苛立ちがナミの心を乱す。

「おかしいな。さっきまで聞こえてたのに」

ナミは広場にいる党員に、様子を逐一報告させていた。

「何かあったのかな」

コトはテーブルに数十枚の書類を並べていて、この先の計画を確認していた。書類の内容は、治安維持協会の裏情報ばかりだ。引き抜けそうな人材、治安維持協会の不祥事と言えそうな題材、治安維持協会の予算について・・・怪しいものばかりである。

二人の助けを広場にいる党員達がどれほど望んでいるか、二人は知る由もない。

 コトは、窓辺のナミに話しかける。その表情はどことなく強張っている。

「妹さん、地下の牢屋に入れたよ。本当はそんなことしたくなかったんだけどね。一応、連れの男が治安維持協会と関係があったからさ」

コトはどうやら、ナミがそのことについて怒っていると思っているようだ。

それは違った。ナミは、自分に対して苛立っていたのだ。

ナミは、幼馴染兼相棒のコトに笑顔を向けた。

 その時だった。電話音がしんとしていただ部屋の中に鳴り響いたのだ。コトは、また背筋が嫌な予感に震えるのを感じた。電話音が、冷たい警告のようにも思えた。

出ないわけにもいかず、コトは受話器をとった。先にこちらの名を名乗るような真似はしない。

『・・・コトね。私よ、水瀬』

コトは嫌な予感が的中したと知った。

「・・・あんたねぇ」

ナミはコトの声が変わったことに気づいて目をやった。そこには、今まで見たこともないような形相を浮かべた幼馴染がいた。

眉を潜め、不愉快げな表情をしている。そこには苦悶、そして少量の侘しさが混じっているように思えた。

「こんな時にしか電話してこないなんて、どこまで邪魔をすれば気が済むんですか。僕はもうあんたとは関係ないんです。もう大人だ」

コトの声は全てを拒絶するように冷たかったのに、その表情は弱々しい部分が多くなった。まるで助けを求めている風にも見えて、ナミは心臓がヒヤリとするのを感じた。いつも隙なんてまるで見せないコトが、ナミの前で寂しそうな顔をする時は今までなかった。

水瀬はしばらく何も言わないままだったが大きくため息をつくと、冷静に返事をする。

『それなら手短にだけ話すわ』

次に放たれた水瀬の言葉は、コトの全身を震わせ、更に過呼吸を引き起こした。

ナミは驚愕してコトに駆け寄りしゃがみ込む。コトの顔色はいつもの白を通り越して真っ青だった。


その数十分後、全てを教えられたコトは、地下牢へと向かった。ナミの許可を得ずに勝手な行動を起こすなんて今までのコトにはなかった。

鉄格子の中にアンズとイブキが座っている。

「あなたはさっきの・・・私たちに何をする気ですか」

アンズの声は静かだった。コトはこの少女がなかなか肝が据わっていることにニヤリとした。確かにこの少女なら、新しい道を開いてくれそうではないか。

イブキは鉄格子の奥の方で、ぼんやりとしながらコトから目線を外さない。コトの感情は見える。思考こそ見えないものの。

「アンズちゃん、君だけをここから出そう」

コトが発した声はどこか悲しみに濡れていた。イブキは、眉を顰める。

コトから、深い怒りとそれと同じぐらい濃い悲しみの匂いがする。イブキはこの少年の、感情を決して表に見せない様に感服した。

アンズはコトの思考をまるで理解できず、口を開いたまま頭を真っ白にさせている。

そんな彼女になんの説明もなく檻の錠が開けられる。

「イブキさんと言ったかな。あなたはダメだ」

アンズの肩を引き寄せて檻から無理に出すと、コトはすぐにまた檻の錠をはめる。イブキは臆病者の演技をする。

「ど、どうして俺はでちゃいけないんだよ!俺に一体何する気なんだよ!」

コトはイブキを、下劣漢をみるような目で見る。

「・・・人の心を読むなんて輩、個人的に言っても嫌いだ」

そして付け加える。

「あなたを出さない理由は、あなたが必要ないからです。今回の件において」

イブキの目の前のコトのイメージに、緊張が混じる。そこに加虐心も冷徹な感情もなかった。なのでイブキは下手に抵抗する必要はないと判断した。

イブキは演技をやめる。


アンズの手を引いて、コトは地下牢を後にする。

アンズはコトのスタスタ歩くスピーとに半ば引きずられるようにしながら、エレベーターで地上へと上がった。

「アンズちゃん、君はアスカと言う人物に会って、ハルという女性が残した日記を解読して。そこにあのケダモノ達に関するヒントがあるから」


コトの言葉は、アルの胸をざわつかせるには十分強力だった。





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