◆第25話 良心

 扉を力強く叩く音がした。静かな室内に響くそれは、ナミの心の中をこじ開けようとするようだった。

アンズ達がとうとう最上部にたどり着いたのだ。とうとう、と言っても、イブキの能力を持ってすれば、そこまで大変なことではなかったが・・・。それでも時間はかかった。イブキが党員の心に侵入して話を聞き出すにあたり、余計な情報までたくさん飛び込んできて、最上部への道筋がなかなか掴めなかったのだ。

アンズは今、ナミとコトが戦略を練っている最後の部屋の扉を力任せに叩いている。

「ねえ、ナミ姉ちゃん!いるんでしょう!?開けて!私だよ、アンズ!」

すると無表情だったナミに僅かな戸惑いが表れた。低い声で囁く。

「アンズ、あんた何しにきたの?こっちには話し合いなんて必要ないから」

すると、アンズの横にイブキが立った。

「おっと、続きはこの邪魔なドアを開けてからだな」

そして、手にした飾り物の彫刻を振り下ろして木製の扉を蹴破ってしまった。埃と木屑が舞った。派手な音にびくりと身を震わせながらも、アンズは部屋の中に入っていく。ナミの姿を見つけた。

怯えを顔に出したナミに向けてアンズが駆けだした。しかしコトが立ちはだかる。

「君はナミの妹さんだよね、確か。ナミに何の用かな?」

アンズは立ち止まった。不安な状況に速まる鼓動を無視して静かな声で囁く。

「私はナミを連れ戻しに来ました」

アンズの知っているナミは、いつもおしゃれで流行に詳しくて、明るい性格に見えて人一倍自分がどう思われているか心配している少女だった。こんな戦争まがいのことを本気でやりたいと思うような人間ではない。

アンズはコトの身体ごしにナミに訴えかけた。

「姉ちゃん、今ならまだ遅くないよ。きっと何かの手違いでこんなことになったったんでしょう?姉ちゃんが人を傷つけるようなことしたがるわけないもの」

ナミは、目を逸らした。

それはアンズの胸の中に疑心の芽を生んだ。漏れた声は掠れていた。

「姉ちゃん?」

ナミは、かつてアンズが確かに見た、寂しい子供の顔をしていた。アンズの動悸がどんどん速まる。

とうとうナミはアンズに背を向けた。それと同時に扉の入り口付近で鎧がジャラジャラ音を立てた。

「・・・やべ」

イブキは入り口に現れた兵士の一人に首根っこを掴まれる。まるで昔の中世貴族のように、鉄製の鎧を着込んだ兵士たちだ。イブキはそれを見て吹き出すのを必死に堪えた。兵士のうち一人の心の中を読む。

『ナミ様の趣味とはいえ・・・この鎧重いんだよなぁ』

 コトはアンズ達を冷たい目でおろしていた。

「さあ、お迎えがきたよ」

しかしアンズはまだ諦めきれなかった。

「どうして・・・姉ちゃん、本当にこんなことしたかったの?違うよね?」

ナミの肩が小刻みに震えている。どこかで爆発音が鳴った。広場の方からだ。

アンズの声がナミを責め立てる。

お前は大勢から好かれるために、頼られるために大勢の命を無駄にしようとしている。

お前は自分さえ良ければいい冷酷な殺人鬼だ。

ナミの脳内で自分を責める言葉が勝手に流れ、溢れてくる。ナミは頭をグッと抑えた。何も聞かずに済むように、本当のことを言われずに済むように。

「姉ちゃん!」

アンズの絶叫は兵士たちにかき消される。ナミはただ震えていることしかできなかった。

全ての音が消え去った後、ナミが振り向いた時には、妹の姿はもうなかった。

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