・  第21話 謎の寮母

「とうとう始まったね」

お婆さんが囁く。私とおばあさんは隣同士に座り、山の標高の高いところから地上を見下ろしていた。

お婆さんの目線は、遥か下の方にある、白い霧から所々見えている街並みに注がれていた。

「始まったって、何がです?」

私はもうすっかりこの場所に慣れてしまって、自分の体が少しずつ薄くなっていると言うのに不思議と大した不安もなく、リラックスして木の根に座って足を伸ばしている。 

お婆さんが振り返った。

「戦争だよ。この子が望んでいた、もう一つのことさ」

戦争という言葉に少しびくついたけれど、さっぱり現状が読み込めない。

「え…どういう…」

お婆さんは顔を上げて大きな木を見ている。睨んでいるような鋭さで。

「…この子たちが起こしたようなものなのさ」

私は呆気にとられて木とお婆さんの顔を交互に見る。

お婆さんのため息は重い。

「もうじき獣達がたくさんの人間を殺す」

木は、嬉しそうにさわさわと葉を揺らし始めた。


ーーーーーーーーー


ハルは寮の入り口で、女性がやってくるのを見かけた。

「こんにちは」

アスカの寮の、寮母さん。

ハルが時たま見かける美しい女性だ。

「ああ、あんたか。またここに遊びにきていたんだな」

寮母は、水瀬という。さっぱりしたショートボブの、グラマーな美人だ。

「もう毎日のように来てます。病室は暇ですから」

何度か話しただけだが、水瀬とは気が合うので、口調も自然に砕ける。

水瀬の表情が固まった。

「体・・・少しは良くなったか?」

ハルは珍しく嫌悪を表して顔をしかめた。

「知ってるでしょ」

水瀬は押し黙った。

「そうだね。ごめん」

辺りに一瞬冷たい空気が立ち込めた。

「ところで寮母さん。アスカとイブキくんをよろしくお願いします」

ハルは声色を戻した。

水瀬はなにも言わない。

「私がいなくなっても、二人のこと、マキちゃんもアンズちゃんも、ナミちゃんのことも…地球のみんなのことよろしくお願いします」

ハルは微笑んだ。

「日記は、持ち歩いておきます。こんなことになってごめんなさい」

水瀬は、唇を震わせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る