第20話 戦闘、開始
イブキとアンズは、幸福善心党本部の巨大な建物の扉の前に立っていた。
数時間前のアスカの言葉を思い出す。
「お前の役目は相手方の真意を掴むこと、そして、アンズ。お前はナミを取り戻してこい」
イブキは痛むこめかみを抑えた。空咳をし、思考を現在に戻す。
扉の前でナイフを腰に下げて防衛していた党員達は、イブキが彼らの心に声を忍ばせて、操った。彼らは今イブキの足元に寝転がっている。
隣にいる怯えた少女をチラリと見る。野暮な質問だと思いながらもイブキは聞いた。
「アンズちゃん、大丈夫?」
大丈夫な訳がない。
敵方の本拠地に自ら突っ込むだなんて、イブキがいなければ絶対に無謀なことだ。そしてアンズは親玉の妹。難しい試練にならないはずがない。
アスカは自分達が捕まってもいいと思っているのだろうか、とそこまで考えて、息をつく。
アスカがそんな人間でないことは、よく知っていた。イブキの能力があれば可能だと、絶対的な自信を持って送り込んだのである。厄介な友人を持ったものだ。
隣からアンズのか細い声が聞こえた。彼女は大丈夫ですと囁いて一歩踏み出した。
ここまできて黙って帰るわけにはいかない。アンズの瞳には闘志が見られ、イブキは、「へえ」と声を漏らした。
潜入は案外簡単だった。
というのも、広場を占拠していることで本部の中は緊迫しており、皆忙しそうに走り回っていたのだ。二人は事前にアスカから、極秘ルートで手に入れられた党員の服を着ていたので、ほとんど目立たなかった。
廊下を歩いていた時、見ない顔だ、新入りか?と尋ねられて少し動揺したが、イブキが相手の心の中に語りかけ、嘘を並べ立てると、窓口の党員は納得した様子で戻っていった。
あまりにうまくいきすぎて不安になったが、対して問題は起こらなかった。
「はやく探しだして話をしないと」
そう口にしたのはアンズである。
「占拠が続けば治安維持協会の武力制圧が起こる可能性があります。もうすでに空気がピリピリしているみたいですし」
それはイブキも感じ取っていた。
窓口の党員の薄笑いの裏にある感情、一階の党員達のどこか緊張した声。
イブキとアンズは待合室を出た。アンズの緊張を感じ取りながら速足で歩き出す。
幸福善心党の党員達は、火薬を詰めた玉に火をつけると脅し、治安維持協会の部隊を威嚇している。広場の塔に登り、上からその玉や石を投げつけている。
アスカも、その中にいた。全身を黒い防護服で包み、特殊素材でできた盾と共に少しずつ距離を詰めていく。
すぐ背後で爆発が起きた。
玉が地上に落ちたのだ。黄色い花が散ったような炎と、近くの隊員の悲鳴が重なる。
しかし立ち止まってはいられない。事態は確実に悪くなってきている。
このままでは戦闘になるだろう。時間の問題だ。
それまでにあの二人がナミを説得してくれればいいのだが。望みは薄そうだ。
もう時間がない。
びりびりと痺れる空気に、あたりの緊張が増す。
頭上の党員の一人が、拳銃を取り出した。隊員達は怯んで頭を盾で隠した。
ああ、始まる。
アスカは息を飲んだ。同時に、張り詰めた空気を銃声が破ったのだった。
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