第17話 アンズと二人

 イブキは隊員ではあるが滅多に協会に顔を出さない。会議に出ることもほとんどない。それは病気だとか、やむを得ない事情からではなく、ただ面倒くさいからである。

普通なら即刻辞職させられるところだが、イブキには特別な特技があり、彼にしかできない仕事がある。だから滅多に現れなくても、誰からも文句を言われないのである。面と向かっては、の話だが。

今日もイブキはあさっぱらからコタツに潜り込んでテレビを見ている。その向かいにはハルがいる。もはやこの寮の住人のように通い、決まってイブキの向かいに座るハルを、最初は警戒したものだ。

ハルの心に汚れた感情があれば、追い出していたかもしれない。

「ハル、病院はいいのか?」

「うん、いいの。新しく検査することは何もないし」

ハルには生まれつきの持病があるらしいが、イブキは詳しいことは何も知らないし、自分から聞くような無神経な真似はしない。

 アスカはもう三時間前に寮を出て協会へと向かった。あのメディアの放送があってもう一週間だ。協会内はてんやわんやの大騒ぎらしい。会長のテレビ会見、今後の方針決定会議等々…。

まあイブキは協会に足を運んでないのであまりわかっていないのだが。

『速報です』

テレビの中で女性アナウンサーの穏やかな声が鳴り響いた。ハルがいつものぼんやりした表情で、気が抜けるような声を出した。

「はぁぁ、最近速報が多いわねぇ」

たしかにとイブキは思う。

『先程入った情報です。幸福善心党の党員約二百名が、春川市の広場を占拠しました』

「は…」

イブキは思わず声を漏らした。

幸福善心党、ここ最近よく名前を聞く党だ。

「たしか、治安維持協会とは最近仲が悪いのよね?」

ハルが首を傾げた。イブキはようやく体を上げて、ちゃんと座った。テレビの画面を覗き込む。

そこでは、幸福善心党の真っ赤な旗を手に持った人々が広場の中で、山のようにひしめき合っていた。

「あーらら、これは一体どういうこった?」

と言いつつもイブキは胸の中では嘲っていた。

どうせ目立ちたがりやの政治ショーだろう、そう思った。

テレビの中に映っている、あんなに若い、まだ女子高校生ほどに見えるリーダーが武力を持って本当にこの世界をより良くしたいと思っているとは、イブキには思えなかった。

「どういうことだ」

ふと、アスカの声がした。いや、アスカがここにいるはずはない。アスカは寮を出て行ったはずだ。と思いつつもとりあえずイブキは声のする方を向いた。

そこには本当にアスカが立っていた。そしてその後ろには、小さな少女が大きな目を丸くして立ちすくんでいる。

ハルが呑気な声でおかえりと言った。

アスカはテレビに映された少女を困惑と恐怖が混じった目で追っていた。

「あれは、俺の妹だ」



「お、まえの、妹…?」

というか、妹なんていたのか。

アスカは連れの少女に、隣に座れと自分のいつものスペースを少し分けていた。

「…その子は?まさか、恋人?」

アスカが怪訝な顔をした。言ってみたイブキも後悔した。

「妹だよ、バカ」

あ、それとも、とアスカがすごむ。

「アンズに手を出したら許さないからな。」

「…お父さんかよ」

アンズというらしいアスカの妹は、遠慮しているのかこたつに足を突っ込まずにぺたりと座り込んだ。なんだか内向的にも思える少女だが、その強い意思はイブキの中に雪崩れ込んできた。

少女はテレビを食い入るように見ていたが、イブキとハルの存在に気づくと慌てて会釈をした。

「あっ、こ、こんにちは」

「…ども」

イブキは蜜柑を一つ剥いてアンズに手渡した。

アンズは少し緊張が解れたのか、苦笑いをしてこたつに足を入れた。笑った時の目がアスカに似ている。

 アスカはアンズに、イブキに対する表面的だけの紹介をした。お調子者でバカだけど悪い奴ではないからまあ警戒しなくてもいい。そんなふうに紹介されて、アンズは少し戸惑っていた。アスカの口下手には困ったものだ。

 それからアスカはハルの方を向いた。

「で、このぼんやりしてるのがハル。髪は緑っぽいが、全く怖い奴ではない」

「えー、ぼんやりなんかしてないわよぉ」

いや、ぼんやりしている、とイブキは言った。

みんながそんなにいうなら、少しはぼんやりしているのかもしれない、とハルも思った。

「…で、俺のもう一人の方の妹は幸福善心党の党長だったというわけか」

「…相変わらず飲み込みが早いんだな」

「忙しいんだ。ひとつひとつのことにあまり驚いてもいられん」

イブキは疑問に思っていたことをアスカに告げた。

「ていうか、なんでお前帰ってきてんだよ。治協の仕事は?」

テレビは同じ内容の速報を繰り返し続けている。

「帰ってきたわけじゃない。協会に向かっていたらこいつが」

とアンズの方をあごでしゃくる。

「たまたまいたから。今日は家、誰もいないっていうから、ここにいさせようと思って連れてきたんだ」

なるほど。

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