◆第16話 偽って
ナミが、壇上に立った。下の方に沢山の頭が見える。
今から自分がこの人達に火をつける。
メディアがあんな放送をしなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。
いや、メディアがビッグニュースを報道しないことはあり得ないし、遅かれ早かれ、こうなったのかもしれない。
なにせ、治安維持協会と幸福善心党の仲は、もうやり直せないところまで来ているのだから。
まあ、そんな風にしたのは自分なのだけれど。
「皆さん」
声が震える。
初めの頃は、みんなに頼りにされるのが嬉しかった。今まで誰かに頼られたことも信用されたこともなかったから、初めて心が満たされた気がした。
それがやめられなくて、毎週のようにこうやって集会を開き、人々の治安維持協会への怒りを炙り、みんなを導いているという快楽に溺れていた。正直に言って、満たされていた。今までで一番楽しい日々だった。
しかし、本当にそれでいいのか。
ナミの発言がないことで人々は戸惑っているようだ。それでもナミは言葉を継ぐことができない。
自分の一言で、沢山の血が流れることになるのだ・・・。
後ろでボディガードが空咳をした。
だがもうやり直せないところまで来てしまった。過激な思想が党内に渦巻いている。今更やめると言ったら、リーダーの座から引き下ろされ、何をされるかわからない。
私は、馬鹿だ。馬鹿だけど、みんなに嫌われたら生きていけないのだ。
「皆さん、メディアの放送を見ましたか」
人々の歓声が上がった。ナミは、もしかすると、治安維持協会に勝てるかもしれないと思った。これだけ大勢の人間がいるのだから、勝敗はわからない、と。もし党が勝てば、もっと多くの人々のリーダーになるのではないか。
もっと、みんなに見てもらえる。
その瞬間、ナミは悪魔に心を支配されてしまった。
「治安維持協会がきちんと対策を取っていれば、このような事態に陥ることはなかったと思いませんか?」
コトが舞台袖で、顔を背けた。そして、控え室に向けて歩き出した。
党員達がすれ違うコトに不思議そうな顔をしている。この歴史的瞬間を、目に収めなくてもいいのか、というような顔だ。
コトはそんな人々に苦虫を潰したような顔を向け、党内の歪んだ空気から逃げるようにして控え室への扉を開け、舞台袖を去っていった。
激しい後悔の念を内に秘めながら。
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