第15話 決意

ハッとして目が覚めた。掌が汗ばんでいる。

あの夜のことを、もう一度体験したみたいにリアルに思い出した。

思い出したくなかった。もうマキは、この世にいないのに。

静まりかえった部屋が、しんとした耳鳴りをもたらした。一人ぼっちが辛くて、私は布団からいそいそと外へ出た。階段を降りる一歩一歩が、とんでもなく重たかった。家族はみんなもう寝ている。

 ソファに縋って叫び泣きたい衝動に襲われながら、テレビをつけた。頭を使わなくても見れるようなバラエティが欲しかった。とにかくごちゃごちゃした思考を消し去りたい。

しかし、望みは叶わなかった。

 そこでは、深夜ニュースの速報が流れていた。

『速報です。ただ今入った情報によると、複数の未確認飛行生物が春川市で確認されたとのことです。繰り返しお伝えします…』

無意識に立ち上がっていた。

「春川市って・・・ここだよね」

未確認飛行生物、あの生き物のことに違いない。

 私は再び座り込んだ。予想外に、今の私は冷静に状況を考えていた。


春川市で未確認飛行生物が複数確認…複数。


昨日塔から落ちて死んだあの生き物以外にも、まだ沢山いる、そういうことなのか?

「私の予感が当たっているかもしれない」

昨日のあれが、本当にマキではないとしたら。

マキのように何かの事情で、ケダモノになってしまった別の誰かなのだとしたら?

私はスマホを手に取った。気づいた時にはもう走り出していた。

藍色の空に、半分欠けた月が浮かんでいる。

あの幾何学で人工的な、治安維持協会の高層ビルへ急ぐ。





 会長は、初めて会った時と同じ部屋で、私に背を向けて座っていた。表情はこちらからは窺えない。息切れの体を整え、一歩踏み出す。

「とうとうニュースに出ましたね」

「マスコミにもう少し待つように牽制したのだがね。新しい事実まで嗅ぎ付けられて、このザマだ。市民たちは治安維持協会に説明を求めている。お前たちが居るのにこれはどういうことか、とね」

「新しい事実とは、あの生き物たちが複数確認されたことですよね」

会長の椅子が回り、向かい合った。苦悩が現れているような表情をしていた。

「ああそうだよ。実を言うと、私達が知ったよりも早くメディアに出てしまったんだ」

この市に何か問題があれば、治安維持協会がまず責められるのだから、大変だな、と思った。

しかし私はこの人に言うことがあって来たのだ。この人がかわいそうに見えても帰れない。

「お願いがあって来ました」

私は会長の瞳を睨んだ。会長は疲れた目で私を見やった。

「昨日死んだあの生き物は、おそらく、なんの証拠もないですが、私の親友ではないです」

「…ほう?」


 思えば私には、覚悟が足りなかった。

口先では親友を助けると言っておきながら、本当に助ける覚悟がなかったのだ。

例えどんなに恐ろしい光景を見ることになったとしても、マキにもう一度向き合う覚悟が。

だから、それを伝えにきた。

 

 私は深々と頭を下げた。

「私に、親友を探させてください。私は姿が変わったマキと少しだけ時間を過ごしました。まだ誰も知らない情報だって知っているかもしれません。そちらにとっても私は使えるはずです」

言葉だけじゃ、足りないのだ。

行動に移してこそ、初めて今のマキに会える。

自分の靴元を睨みつけながら、私は会長の返事を待っていた。

朝がくる音がする。

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