第14話 回想

 ベージュの毛布を頭からばっさりかぶる。タグには私の名前が小さい字で書かれてある。『アンズ』。

あれから、なにやかやと取り調べられるのかと思っていたけれど、あっさりと解放された。

おそらく私の精神的ダメージを考慮してのことだと思う。会長の判断は正しかった。

何か言える状態じゃない。

なにが辛かったというと、あれがマキだと思えなかったこと。公園のドームの中で誓ったのに。例え世界中がマキの敵になろうと、なにがなんでもマキを守ると。

しかし現実は。

守るどころか、私はあの生き物が死んでよかったと安心している。

私はどれだけ汚いんだ。

 枕に顔を埋めた。もう涙も出てこない。このまま私があのケダモノになって死ねばよかったんだ。マキみたいな優しい人ではなく、私のような最低な奴が。

ふ、と息を吐いた瞬間、睡魔に誘われた。こんな時に眠れるなんて、私って本当にクズだ。

意識が溶けていき、体の力が抜けていくのがわかった。吸い込まれるような感覚がして、逃げるように目を閉じた。


「数学ってわけわかんないー!」

私達は同じ参考書を手にしている。

窓の風が、そのそばに座るマキの長い髪を膨らませている。参考書ではなくその風景を見ていたい。

さっきから行き詰まった問題を唸りながら考えていたけれど、やっぱりわからないものはわからない。

私はシャーペンを置いた。マキは解かなくても目で追うだけで数学ができる。片手に参考書を持ち、黙って読んでいるマキを見て、その脳が羨ましいと切実に思った。

「マキはどうしてそんなに数学できるの?」

「できる訳じゃないわよ。好きなだけ」

謙遜しなくていいのに、と思ったけれど、どうやらマキは本気でそう思っているらしい。

「だって数学は、国語じゃなく、答えが一つだけしかないじゃない。数学なんかより人にかける言葉を選ぶ方がよっぽど難しいわ」

マキはいつものように哲学的な事を言う。こういう時、私は自分と親友の思考力の違いを突きつけられた気分になる。

私は苦笑して、マキらしいな、と言った。

そして。


夢の中の光景は次のシーンへと切り替わっていった。


その日は、どことなく不気味な空の色をしていた。

いつものように二階のマキの部屋へと向かう。

いつもと同じく、私達以外誰もいない。

世界に取り残されたような、寂しいような、どこか不思議で美しいような気持ちがした。

「マキ、入るよ」

扉を押すと、マキが頬杖をつきながら白い月を眺めて窓際に座り込んでいる。

風が黒い髪の端をゆらりと揺らしている。

黒と白の世界が、広がっている。

私は一瞬その幻想的な光景に見惚れ、一階のキッチンへ、マキのお母さんのメモ付きのお菓子プレートを取りに行った。

『アンズちゃん、いつもマキをありがとう』

多忙な両親を持つのも大変だな、と思った。

そして、再び二階に戻り扉を開けると。

マキの体は、人ではなくなっていたのだった。

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