第12話 寮メイト
アスカは、昭和感の漂う木造建築の前で立ち止まった。
寮の扉はところどころ木の板が剥がれかけていて、ルックスがいいとは言えない。
玄関のようなスペースを抜けて真っ直ぐ進み、その先のずらりと並んだ扉へ。
左右三つずつ設置されてある扉をじっと眺め、自分の部屋がないと思ったところで、またやってしまったと口元を歪めた。
自分の部屋は三階だった。もう二年の付き合いだというのに、未だにこの寮に惑わされる。
決して自分が方向音痴だということは、ない。少なくともアスカはそう信じている。
すぐ左手の、段差の高い階段を歩く足が重い。
妹の姿を思い出す。
あの獣が現れた時、アンズはぼーっとした目をしていた。
あれが自分の親友だと言われても、誰だって信じられないだろう。
「一体なんだったんだ、あの獣」
そもそもアスカは、マキがいつどこであんな獣になったのか知らない。住民達の、『アンズが、以前は少女だったケダモノの世話をしている』という情報を聞いたに過ぎない。
獣が死んだ後、マキの獣化した姿など、もっといろんなことをちゃんと問いただすべきだったのではないか。でないと、あの獣が本当にマキなのかこちらにはわからない。
しかし、今アンズにマキについてあれこれ質問できるかと言われれば、答えはノーだ。
アスカは303の扉を開けた。
その時、扉の木の軋む音と、中から男のうるさい声が同時に聞こえてきた。
「…少しうるさいぞ」
年中置かれてあるコタツに足を潜り込ませている男女が、一斉にアスカを見上げた。
美しく微笑んでいるのが時々遊びに来るハル、うるさい方がホームメイトのイブキである。
アスカは、ハルのウェーブした長い髪を見つめた。彼女は、まだ十月だというのにこたつでみかんを食べている。
「…また染めたな」
「ふふっ」
ハルは不思議な笑みで自身の髪をすいた。初めてみた時よりもだいぶ緑に近づいた。
「イブキ、静かにしろ。外まで聞こえるぞ」
「いいじゃんかよ、どうせ治教のやつしかいねえんだし」
治教というのは、イブキが勝手に縮めた治安維持教会の略称である。なんでもめんどくさがりのイブキらしいといえばイブキらしい。
アスカはテレビの向かい側に座った。
右手にイブキ、左手にハルが見える。
まだ、未確認物体がこの街に出現したという速報は出ていない。それまでに解決できたことは確かに良かったのだが、妹の気持ちはどうなる。
イブキが栗を差し出してきた。
「なんだ、いつにもまして変な顔して。疲れてんのか、栗食べろ、栗」
アスカは、珍しく素直にイブキの好意を頂戴した。馬鹿でガサツで適当人間だが、やはりこいつはいい奴だ、とアスカは思った。
「ねえ、アスカ大丈夫?早く休んだ方がいいわよ」
ハルが優しくアスカを見た。その唇がほのかに艶めいているのを見ると、つい先日のことを思い出してしまい、アスカは赤くなった頬を隠した。
「…寝る」
アスカは奥の個人部屋へと、退却していった。
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