第11話 信じられなくて


「…」

マキじゃない。

蛇のような目玉がぐるりと動き、その獣は口の端を持ち上げて鋭い牙を見せつけた。唸り声が響く。

それは一瞬、ふっと力を抜いたようだった。

「っまずい…」

その直後、会長の呟きは消し去られた。

獣が起こした風が画面を揺らし、ガラスの割れる音がして画面にひびが入った。

会長が慌ててレバーを操作するも、獣は獲物を逃そうとはしなかった。

鉤爪が画面をえぐる。

鼓膜を貫くような咆哮が、この部屋の窓ガラスや画面にまで影響を及ぼして嫌な音を立たせる。画面が音の重圧に耐えきれなくなって割れていく。液晶がパキパキと崩れ落ちていく。

「会長…!!」

兄がデスクの右端の、赤いボタンを勢いよく押した。

私はただおろおろしながら、獣のあまりの恐ろしさに怯える。

 次の瞬間、獣がのたうちまわった。

画面から何か霧状のものが噴出し、獣の顔にふりかかる。すると、獣は呻き声を上げながら目を瞬いた。バランスを崩した獣は、汚れた翼で宙に浮こうとするも、うまく体制が立て直せないらしく、ただ脳に響くような叫びを上げていた。

「マキじゃない・・・」

獣が落ちていく途中、私が発することができたのは躊躇いがちな呟きだけだった。

「会長、あの生き物の情報が入りました」

数分の沈黙の後、兄がタブレットを見ながら言った。

「塔から落ちたあの生き物は、重力に耐えきれず死んだとのことです」

「…じゃあ、マキは」

なぜだろう、悲しくない。

悲しいのに、辛いのに、なぜなんだろう。

マキが死んだ気がしないのは。

「…しかし、これ以上被害が増えない前に対処できてよかったよ」

会長が私に聞こえないように言った。

「これ以上って、どういうことですか」

会長は少し躊躇った様子だったけど、私に正直に話してくれた。

「塔の管理人の五十代の男性と、三十代女性が今意識不明の重体なんだよ。どちらも空からやってきた未確認生物の攻撃をくらってね」

私は思わず息を呑んだ。あの鋭い牙で、爪で襲われることがどれほど怖かっただろう。


本当に、マキは死んだのか?

全くそんな感覚が湧かない。というか、あの獣が本当にマキだったのか?

あれは、本当にただの獣だった。私には、マキがどこにも見えなかった。

今の私は、マキを守ろうと思っていた気持ちを易々と放り投げていた。

ただ、恐ろしい、悍ましい、あんな獣に殺されたくない・・・そんなことばかり思ってしまう。

なんという薄情な人間だろう。親友を守ると誓ったはずなのに。

結局私も、見た目で判断するような脳みそなのか。


兄が頭を撫でてくれていることに気づかずに呆然としていた。

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