◆第7話 幸福善心党

ナミが鏡の前の椅子に座っている。

「私は強い。私はみんなに好かれてる。よし、大丈夫」

ナミは、ぱしぱしと自身の頬を両手で挟んだ。

「…準備できた?」

控え室と呼ぶには広すぎるほどの部屋の隅で、肌も髪も白い青年が壁に寄りかかっている。

「なにその顔…私には色々と準備がいるんだよ。人前に出るんだから身だしなみもちゃんとしないと…」

「嫌われる?」

青年が口を挟んだ。

ナミは鏡に向かって眉をしかめた。うまい具合に青年の姿が映っている。

「コトにはわかんない」

「幼稚園の時から一緒にいるのに、わからないことがあるもんか」

ナミは、そういうことじゃなくて…と言いかけた口を閉じた。

口論でコトに勝てた日なんてない。

コトの長い足が動いた。すっとナミの横に来て、肩に優しく触れた。

「すいません、党長。昔のよしみで、ついからかいたくなってしまうもので」

人に信頼されることは好きだ。しかし幼馴染にまで党長と呼ばれることは好きではない。

「二人の時はやめて。どのみち今から、党長呼ばわりされるんだから」


 控え室の外から、男の叫びが聞こえた。集会はまだかと怒鳴っているようだ。

二人は顔を見合わせて、呆れたように微笑んだ。

「…いきますか」

コトが、立ち上がったナミの掌をとった。


 控え室の外の短い廊下を過ぎると、ライブ会場のような広々とした空間で、二人が姿をあらわすと、その遥か下に何百人もの人間が、掌を固く握り、片手を上げていた。歓喜に興奮しきった歓声が、体に伝わってくる。

党長、と自分を呼ぶ声を聞いて、ナミは心が満たされていくのを感じた。

コトが、上品な手つきで片手を上げた。

すると辺りは一斉に静まり返った。さっきまで子供のように大騒ぎしていたのが嘘のように。

ナミが一本のマイクの前に立つ。

深呼吸して、「皆さん」

それだけで人々の目が変わった。ナミは正義を顔に浮かべて端正な笑顔を作っている。

「治安維持協会が、私達が愛するこの街に何をしているのか分かったでしょう」

拍手が飛ぶ。

「彼らは人々が必死に働いて受け取った給料から、なにに使われているのかも知れない税金をかすめ取り、自分達だけいい思いをしています」

ナミは事前に用意した原稿を思い出しながら、ゆっくりと人々の顔を見渡す。

みんなが、私を見ている。にやける唇を噛んだ。

「幸福善心党は、彼らとは違う」

何百人もの人々の目が、輝きが、自分一人だけを映して。

「私は党長として、彼らとは違う、幸せな社会を作ることをここに約束します」

爆発的な称賛がおこり、拍手や興奮が、歓喜と期待が世界を包んでいく。

この瞬間が、一番幸せだ。ナミは心からそう思った。


その恍惚した横顔を、コトが冷静な目で見ていた。

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