第3話 始まる予感

シトラスの香りが鼻をくすぐる。


本当のマキが近くにいるのだろうか。

顔を上げたくても、どういうわけか体に力が入らない。金縛りにあった時のように、私以外の誰かが私を制御しているような気味の悪い感覚がする。

「アンズ、起きて。アンズ?」

誰かが私を呼ぶ。マキの声じゃない。

マキよりも少し高い声だ。

しばらくして私は、よろめきながら立ち上がった。

立ち上がってから気づいたが、私の体はいつのまにか公園のドームの外に出ていた。そしてドームを出てすぐの、乾いた砂の上に倒れこんでしまう。

酷い目眩と吐き気に、泣きそうになる。


 声の主は私のすぐ目の前でしゃがんでいて、怒った顔をしていた。

「こんなとこで何してんの、ばかなの?」

私はほっとして思わず力が抜けたらしく、姉の肩にどさりと寄り掛かった。

「ナミ姉ちゃん、マキ、マキ…は」

姉は急に寄り掛かってきた私に戸惑いながらも、支えてくれた。

「マキ?あー、あのケ…じゃない、あんたの友達?」

とてつもない疲労感に襲われる私に、姉は言った。

「あたしが知ってるわけないっしょ。なんであの子が出てくるの」

「え、でも、マキはずっと私の隣に」

後ろを振り返ってドームの中を見る。私はハッとした。マキがいない?

私が気を失っていた間に、マキが消えた。

私はマキの口から覗く、鋭い歯を思い出して青くなった。

 じっとしていられなくなって、姉から離れて立ち上がり、力の限りマキの名を叫ぶ。姉が驚いて私を抑えようとする。

マキがもしあの巨大な鉤爪で誰かを傷つけていたら…。

私は何度も何度も親友の名前を叫ぶ。しかし、何も返ってはこない。

とうとう姉に口を塞がれた。

「いい加減にしなよ!近所迷惑でしょ!」

私の不安が無情にも当たってしまえば、迷惑どころじゃない。

酸素が冷たい針になって肺を刺す。

「マキがもし誰かを…!」

 その時、後ろに人の体温を感じた。

「おい、静かに」

低い、聞き慣れた声だった。姉が私の目の前でふわりと微笑む。安心したような表情だ。

後ろで私の肩に触れたのは、姉のもう二歳年上の、兄だった。

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