第35話

 後は証拠ね。


 明日の法廷がどうなるかは、わからない。


 でもあたしとパンプキン所長の協力弁護の展開に持ち込めれば真実に辿り着くはずだわ。







 パンプキン所長とネコネル宿屋で時間の設定をして、別々の部屋に入った。


 部屋で寝る前に聖石でデニス最高局長から着信があった。


 元の世界に戻せる魔法使いが決まり、明日の裁判が終わった後にあたしのいた世界に返してくれるそうだ。


 事実上最後の異世界裁判になるわね。


 悔いのない正しい判決を決める裁判にしなくてはならない。


 緊張して眠れなかった。


 また聖石から着信があった。


 ゾン太郎さんからだ。




「奈々子さん。証拠のダヤンの廃墟のアンジュ騎士検事の死体の周りとアーマーブレイカーソードの周りにあった血液を瓶に二つ持って今馬車にいるゾン」




「そう、遅れないようにね。万が一ということもあるからゾン太郎さんが裁判中に来てくれればこの事件が解決してくれるわ」




「わかったですゾン。馬車から降りたら急いで奈々子さんのいる裁判所に入るゾン」




「ええ、お願いね。お休みなさい」




 そう言って聖石の通話を切る。


 机の上にある時計を見ると時間は深夜一時になっていた。


 明日への異世界裁判の心配や不安が睡眠を削っている。


 落ち着かないといけない。


 でも不安だ。


 だけど明日やらなくちゃいけない。


 お父さんも新人の弁護士の頃はこういう不安があったのだろうか?


 それなら今あたしはお父さんと同じ道を歩いている。


 正しい弁護士になるための道を……。







 結局一睡も出来ずに裁判所に移動した。


 裁判所の視聴席は髭を生やしたスライムに何故かダンベルを持っているミノタウロスなどが弁護士席に立っているあたしを興味深そうに見ていた。




「おいおい、あれが例の異世界の弁護士かよ。やっぱ実際見るとなんかオーラ出ているな」




「それにしてもアンジュに勝った弁護士が今度はアンジュを殺した相手を見つける裁判するとかなんか凄いわね」




「サンマリとオードリの町の事件担当してたペンタゴン刑事はまだ新人気分が抜けないせいか、現場で証拠見つけるの未熟なところがあるからどうなるか分からないぜ」




「パンプキン所長の裁判見るか、異世界の弁護士の裁判見るか悩んじまったけどこっちで当たりかもな、面白い裁判になりぞうな気がする」




 ざわざわと視聴席の連中が騒ぎ出す。


 裁判室を照らす灯りに目を凝らせば相変わらず火の精霊ウィル・オ・ウィスプがイタズラげに笑っていた。


 オルデラーンド神殿の時も見たけど、あの精霊達は常に笑っているわね


 というか何度も言いたいけれど、あたし弁護士じゃなくて候補生なんだけど……もう諦めるか。


 前回もそうだったけど、なんかまだ勉強中で半人前なのに一人前の弁護士扱いされているのが複雑な気持ちだわ。




「ではこれよりトロルのゼニスキーさんの棍棒窃盗事件の裁判を始めますドラ」




 そう言って偶然にも魔法使いのエリスが犯人だった時の事件を担当をしていたドラゴ裁判官が木づちを叩く。


 相手の検事はサングラスを付けた白髪の中年になったばかりの雰囲気を思わせる青スーツの男性だった




「お前がオードリの町のアンジュ殺害事件の担当弁護士藤田ナナホゥか?」




「ナ、ナナホゥ? あたしは奈々子です」




「ナナホゥ。アンジュとは違って俺はきついぜ」




 そういって腕を組んだ。




「あの……あなたの名前は?」




「彼はベテラン検事のツムラー検事ドラ」




 ドラゴ裁判官がそう言った。




「そういうことだ、俺のことは裁判には特に必要ない情報だ、分かったか? ナナホゥ」




「……ナナホゥじゃないつーの」




 わざとナナホゥと言っているのか、それとも素なのか分からないが……ベテランということはアンジュなんか比較にならないくらい経験を積んだ検事なんだろう。


 あたしの手が震えていた。


 はたして異世界とはいえベテランの検事相手に堂々と弁護士としての仕事出来るのだろうか?


 こ、怖がっている場合じゃないわ!


 相手が誰であろうとちゃんと犯人を見つけてこの異世界裁判を終わらせなきゃ!




「弁護士側と検事側準備出来ましたかドラ?」




「は、はいっ! 弁護士側準備出来ています」




「ナナホゥと同じだ。準備出来ているぜぇ……」




「それではまずこの事件の犯人だと疑われているトロルのゼニスキーさん証言台に移動して事件当日のことを説明してくださいドラ」




 いよいよ始まるわね。


 トロルのゼニスキーと甲冑男のゴンの有罪にしなければならないわね。


 そう思っているとトロルのゼニスキーは証言台に立った。




「では名前と職業をお願いしますドラ」




「はいゼニ。俺の名前はトロルのゼニスキーですゼニ。職業は冒険者ギルドの雑務のアルバイトをしていますゼニ」




「ふむ、そういえばゼニスキーさん、あなたは過去にアンジュ騎士検事に有罪と言われて犯人扱いされて牢獄で三年間過ごしてしましたねドラ」




「はい、そのせいで魔法区役所の事務職から冒険者ギルドのアルバイトにされていますゼニ」




 やっぱり仕事が変えられたってことも含めて恨んでいそうね。


 区役所みたいな所で仕事してたのにアルバイトになってしまったこともアンジュ殺害の理由になりそうね。


 ドラゴ裁判官が話を続けた。




「今回のオードリの町で起きたアンジュ騎士検事殺人事件にあなたは犯人だと疑われていましたが、犯人なのですかドラ?」




「それについては検事側から資料が届いている」




 ツムラ―検事がそう言ってドラゴ裁判官とトロルのゼニスキーの話を切った。




「トロルのゼニスキーはアンジュ騎士検事殺害事件があった時はサンマリの町にいた。瞬間移動系の魔法は使えないし、そんな魔法使いを雇った覚えもなくサンマリの町にいただけだ。まぁ、殺人なんざ不可能だろう。ナナホゥ、お前もそう言いたいんじゃないか?」




「そ、それはそうですけど……」




「なら別の犯人がいるということですかドラ?」




「ああ、人間関係を洗ってみたが、トロルのゼニスキー以外で殺人をしそうな恨んでいる人物は金の貸し借り関係で一度悪化していたというダークエルフのギースあたりが犯人臭いな」




「ちょっと待ってください!」




 これ以上ツムラ―検事のペースで持っていかれたらマズいわ。


 この流れをあたしの方に傾ける切り札を使おう。

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