第19話

 そんなことを思いながら肉の入ったサンドウイッチを食べた。




「んっ、旨いわっ!」




「ネコネルサンドは長期保存しても味は落ちる心配はないし、何と言ってもネコネル宿屋の人気商品だから売り切れとばかり……今日は運が良いですゾン」




 ネコネル宿屋、やっぱり名前変だけど宿も食事の味も最高だったわ。


 あたしは馬車が動く中で街や人やモンスターなどを眺めていた。


 やっぱり異世界はあたしにとっては新鮮だった。







「奈々子さん。昨日の食堂のことですけど、なんで弁護士を目指しているか聞きたいですゾン」




「ん?」




 昼下がりの夕方になり周りは草ばかりの光景に飽きていた頃にゾン太郎さんがあたしに質問した。


 ああ、昨日出来なかったゾン太郎さんのあたしへの質問か。


 んー、やっぱり『あの日の事件』はどうしても言わなきゃいけないのかしら?


 話すのは初めてだけど、ゾン太郎さんに言っていいのかな?


 まぁ、今日は昨日より気分悪くないし、話してみるか。


 それに異世界だし、あたしの世界までその話が噂で広がることもないだろう。




「ちょっと長いけど、聞きますか?」




「奈々子さんが良いなら、気になるし話を聞きたいですゾン」




「他の人には内緒ね」




「はい、僕は口が結構堅いですゾン」




「じゃあ、話すわね。まず、あたしのお父さんは弁護士だったの」




「おおっ! それで同じように弁護士を目指していたんですかゾン?」




「いや……あのね……それだけじゃないからね」




 話が長いって言ったから、それで終わりじゃないでしょ。


 まあ、いいわ。


 続きを話すか。




「まぁ、四割くらいはお父さんの仕事に憧れていたけど、その程度ではお父さんと同じ弁護士を目指そうとは思わなかったわ」




 あっ、ちょっとお父さんのスーツ姿思い出しちゃった。


 お父さんカッコよかったな。


 大きな背中と優しさと厳しさを備えた人柄で人間の鏡みたいだった。


 あたしのいる弁護士育成の大学付属の高等学校は全寮生だからお父さんとは寝る前にスマホで毎日連絡を取り合っている。




「残りの六割は何ですゾン?」




 おっといかんいかん、ゾン太郎さんの質問に正直に答えないと。




「お母さんが事故で死んだことが原因ね」




「えっ? 事故ですかゾン?」




 その事実に驚いて、まるで思っていたこととは違うと今にも言い出しそうな表情をゾン太郎さんがしていた。




「正確にはあたしが中学に入ってクラスに馴染んだ頃に交通事故が起きたの」




 目撃者の証言によれば横断歩道の信号は青信号だったという意見が多く。


 テレビで取り上げられた際にも、乗用車に轢かれ三十代後半の女性が死亡、そのようなテロップを今でも鮮明に覚えている。


 忘れようがない。




「お母さんを轢いた車がね。逃走中の強盗団の車だったの」




 ゾン太郎さんは手を静かにブラブラさせながら座ってあたしの言葉を聞いていた。




「警察の話によればその強盗団は三人いて、その内捕まったのは二人だけ。取り逃がした一人は逃走して今でも行方不明なの」




 あの時のあたしは夕方にお母さんの死をニュースで知った。


 その日はお母さんの好きなカレーを一緒に食べる約束だった。




「っ!?」




 あの事件のことを思い出して、ちょっと気分が悪くなったが話を続けた。




「大丈夫ですかゾン? ちょっとだけ顔色悪い出ずゾン」




「だ、大丈夫よ。話を続けるわね」




「はいですゾン」




「その捕まった強盗団の二人はたしか裁判で懲役約二十年って判決で、それが許せなかった」




「何故ですかゾン?」




「懲役を何年だろうが、あたしの大好きなお母さんは生き返らないこと、そして二十年経てばお母さんを殺した強盗団が自由の身になるのが嫌だった」




「残りの一人はまだ行方不明だったんですかゾン?」




「そうね、野垂れ死んでたらいいけど。でもあの顔と名前は忘れない。あたしは誰よりもあいつらが憎い。そして同じようになって軽罪で済まされる被害者の人達を少しでも救ってあげたいと思って犯罪者という悪を許さない弁護士を目指したの」




 話し終えるとあの日の光景がしっかりと浮かんでさらに気分が悪くなった。


 気持ち悪くなったので馬車の床に寝転んだ。




「お父さんは反対したんですかゾン?」




 ゾン太郎さんが真剣な表情をしてそう言った。


 あたしは寝転がりながら、ゾン太郎さんの顔を少し見たら視線を床に向けて答えた。




「ええ、でも弁護士の育成を早めるために出来た法律大学付属高等学校の弁護士育成コースに行きたい思いを言葉にしてぶつけたら、諦めて入学を許してくれたわ」




 その時のお父さんの酷く心配した顔は今でも忘れられない。


 ゾン太郎さんはしばらく黙り込んで空気が重くなった。




「大丈夫よ。今でも許せないけど、あたしは、昔の感情と向き合って結構経つし、昔みたいにすぐに感情を表に出していないわ」




 でも殺したいと思うくらい憎んでいるのには間違いないわ。




「奈々子さん、僕を無罪にしてくれた時に奈々子さんは神様だと思ったゾン」




「えっ?」




 神様なんて、そんな大げさな。




「元の世界に戻ったら良い弁護士になってくださいゾン」




「もちろんよ」




 話終わったせいか少し気分が良くなったので、寝ている姿勢から上半身を起こしてゾン太郎さんを見た。




「あっ、奈々子さん。泣いているゾン」




「えっ?」




 気がつかなかった。


 手で顔を触るとどうやら熱い涙が流れていることに今更気づいた。


 無感情というか無意識に流れた涙なのだろうか?


 やっぱりお母さんのこと忘れられないんだな。




「ハンカチあげるゾン。今荷物から取り出すゾン」




「ありがとうゾン太郎さん」




 弁護士になる理由を親以外で打ち明けたのは初めてだった。


 馬車の外の景色を見ると夕日が沈みかけていた。


 ゾン太郎さんから受け取ったハンカチで涙を拭いて、また横になった。




「そろそろ寝るわね」




 毛布をかぶって目をつぶった。




「奈々子さん。僕らの世界でも人やモンスターが殺されたら蘇生も出来ないゾン」




 寝たふりをして、ゾン太郎さんの話を聞く。


 そうか、この世界でも死んだ者を生き返らせることは不可能なのね。


 ファンタジーの世界だから出来ると思っていた。


 あたしのいた世界と同じで死んだら終わりなのね。


 大切な人が死んで辛いのは異世界でもでも同じか。




「だから命って大切ですゾン」




「……」




「失った命は戻らないけど、殺した相手を裁判で裁くのはその失った命を少しでも救ってくれたことだと僕はそう思っているゾン」




 本当にそれで死んだ命が報われるのだろうか?


 あたしには分からない。


 倫理や死生観の教科書があっても納得できないし、それが正しいとは思わない。




「さて、重い話はここまでにして僕ももう寝ますゾン。それと今度からこの話はしないゾン」




 弁護士が命を救うなんて出来るわけがない。


 出来ることと言ったら命を奪ったものを法律で裁く事後処理しかない。




「裁判をしていた時の奈々子さんは僕から見れば凄い人でしたゾン。絶対に良い弁護士になれるゾン」




 あたしが目を開けるとゾン太郎さんの背中が見えた。


 ゾン太郎さんはもう一枚の毛布を取り出すとそのまま眠った。

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