第18話

 ドアを開けて、ゾン太郎さんと目が合う。




「馬車乗り場まで案内しますゾン」




「ええ、遅めに起きてすいませんね」




「まだ八時半にもなってないから間に合うし、別に大丈夫ですゾン」




「じゃあ、馬車乗り場に行きましょう」




 そう言って、あたしたちはネコネル宿屋から出て行った。







 朝八時過ぎの馬車の乗り場では多くの馬車がまるでタクシーの行列のように並んでいた。


 馬車を移動する際に必要な馬の鳴き声が騒がしかった。


 ゾン太郎さんとあたしは行列の一番前にある屋根付きの馬車に移動した。


 馬車のおじいさんがあたしたちを見る。




「どこまで?」




 口下手なのか、短い説明だった。


 うーん、苦手なタイプね。


 あたしって口下手な人苦手で間が持たないし、ダメなのよね。




「パンプキン弁護法律事務所前までお願いしますゾン」




「ああ、あのオードリの町の法律事務所か、いいよ乗って来な。料金は二百ゴールドだ」




 二百ゴールドって日本通貨だといくらなのかしら?


 高いのかな?


 私の世界のタクシーってあんまり乗ったことないけど、だいたい最近は初乗りニキロで七百三十円とかそんな料金設定だったかな?


 もしかして、それより高いのかしら?


 ゾン太郎さんは足を屈伸しながら背中にしょったリュックサックをおろして、中身を開けてからお金を取り出し始めた。


 その間にあたしは馬車のおじいさんと目が合った。




「あんた、もしかして昨日のアンジュ騎士検事と裁判してた弁護士さん?」




「えっ?」




「ああ、候補生だったね。昨日の裁判見てたよ」




 意外だった。


 馬車のおじいさんまであたしとあのアンジュとの魔法使いのエリスが犯人だった裁判を見ていたとは思いもしなかった。




「じゃあ、半額の百ゴールドでいいよ。乗りな」




「ほ、本当ですかゾン!」




「あんた、昨日は悲惨な目にあってたゾンビだろ? 今日くらいはささやかだが半額という幸運で昨日のことは流してくだされ」




 馬車のおじいさんは良い人だった。




「のんびりで良いかい? 急いでいるなら馬のペース上げるけど?」




「のんびりで良いですゾン」




「良かったわね、話の分かる馬車のおじいさんで」




 まぁ、これってあたしのおかげでもあるけどね。




「そ、そうですねだゾン。さぁ、奈々子さん。早く馬車に乗りましょうゾン」




「ええ」




 あたしたちは馬車に乗ると馬車内はリンゴの箱以外はサラミとかソーセージにビーフジャーキーや半透明の水の入った水筒が置いてある。


 そして大きな毛布と馬の餌があった。


 リンゴの箱はおそらく貿易用で運んでいるのだろう。


 それとサラミやソーセージやビーフジャーキーは馬車のおじいさんの移動中に食べるご飯なのだろう。


 常温保存の賞味期限が長持ちする食品ばかりだし、間違いない。


 毛布はおそらく馬車のおじいさんが寝る時に使うもので、後は運ばれるモンスターや人のためのものだろう。


 馬車は初めて乗ったが、ちょっと狭かった。


 このまま馬車が動き出して酔うかどうか心配だ。


 なにせあたしは馬に乗ったことがないし、馬車も初めてだ。


 昔からあたしはちょっと乗り物酔いしやすい。


 子供の頃に乗ったタクシーの独特の匂いが苦手だったし、船とかは乗るだけで吐き気がしそうだった。


 それに中学時代に大阪にいる親戚の家に行くために東京から飛行機で行く話になった時は仮病でごまかして実家でお留守番ということで逃げ出した。


 それくらいあたしは乗り物が苦手だ。


 この馬車に酔わずに乗れるかしら?


 うーん、とても不安だわ。




「記録書いても良いかい?」




 馬車のおじいさんはそういって何やら証明書のような紙とペンを渡した。


 記録?


 ああ、昨日の異世界裁判でゾン太郎さんが出した馬車の証明書か!


 馬車とかに乗るなら必ず書かないといけないのね。


 ゾン太郎さんは証明書に名前を書き、あたしにペンと証明書を渡した。


 あたしは藤田奈々子という名前をスラスラと数秒で書いて馬車のおじいさんに渡した。




「証明書どうも。それじゃ、行くぞい」




 そんなあたしの不安とは関係なく、おじいさんが馬に縄を鞭のようにしならせて馬車が動き出す。


 ちょ、ちょっと揺れるわね。


 気分転換でもしたら酔わないかも。


 そう思ってあたしは馬車から顔を出して、色んな建物を見た。


 レンガの屋根や木製の小屋などのファンタジーの世界を象徴する建物が多かった。


 まるで外国の中世の時代の建物を見ているようだ。


 空を見上げると飛行機でなく飛空艇やドラゴンらしいものが浮かんでいた。




「本当にファンタジーでしか見ない光景ね。映画みたい」




「映画って何ですゾン?」




「ああ、えーと何て言えばいいのか。大きな画面にスライムカメラで撮影したような静止画の映像が次々と流れる映像作品よ」




 我ながら下手くそな説明だった。


 これじゃ半分も伝わらないわね。


 人生で人の良いゾンビさんにあたしのいた世界の映画の説明をされる日がくるとは思わなかった。


 そもそもそんなの予想外だし。




「立体映像ならこの世界ではよく見るゾン。立体映像の演劇とかあるゾン」




 あるじゃん映画っぽいもの。




「えーと、映画はそれの薄っぺらい紙の映像ね」




「映像という点では奈々子さんの世界より、こっちの世界の方が進歩している見たいですゾン」




「そうみたいね。話題変えるけど、ちょっとお腹減ったかも」




「はい、ネコネルサンドウイッチをどうぞだゾン」




 そう言ってゾン太郎さんがやや大きめの両手で掴めるサンドウイッチをあたしに渡した。




「ありがとう、ゾン太郎さん」




「馬車で丸々一日移動って女将さんに言ったので、朝昼晩の三食分サンドウイッチがあるゾン」




「そ、そうなの」




 丸々一日食べるものがサンドウイッチだけとはなかなか無い経験だとこの時思った。




「水はレモン水がたくさん量があるから、パンがつまっても大丈夫だゾン」




 レモン水とサンドウイッチって合うのかしら?

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