第2話

 おっといけない考えすぎたわ。


 でも、なんで候補生の私か気になるわね。


 いや、今は考えない考えない!


 そ、それに考えても答えが出ないわ!


 さっきも思ったけど、今はとにかく裁判に集中しなきゃ!


 というか結果的にこれって異世界転移じゃない!


 全くもう! 


 今思い返すとあたし側からすれば酷い話よ!


 でも呼ばなければいけない状況だったかもしれないわね。


 とりあえず今は目の前にあるこの裁判を終わらせないと!


 裁判終わったらあの女魔法使いのエリスさんにちゃんと元の世界に帰してもらわないとね。


 それにしても、まさか初めての裁判が異世界での裁判とは思わなかったわ。


 あたしにできるかしら?


 でも裁判なら授業の実習でやる模擬裁判で何度も経験済みよ。


 それに、まぁ、異世界の法律書だって三十分くらいで一通り読んだし、大丈夫よ。


 た、たぶんだけど……。


 残りの三十分は依頼人のゾン太郎さんの犯人にされている理由とかあたしを異世界転移させた魔法使いエリスとかからの裁判内容や法律などの話を聞いただけだけど。


 聞いた話じゃゾン太郎さんはただ馬車で荷物を運んだだけで、ゾン太郎さんのせいではない内容だったわ。


 悪くない人が捕まるのはあたしとしては絶対に許せない。


 なんとしても無罪にしなきゃ。


 銀色の鎧を着た騎士の女検事をまじまじと見てそう思った。




「奈々子さん。答えられないなら正直に言ってくれて良いドラ」




 ええいっ!


 黙ってばかりであれこれ考えていても仕方ないわ!


 よし、舐められないようにはっきりと答えましょう。


 裁判官のスーツの胸ポケットについている名札を見た。


 ドラゴ・エスニックと日本語の文字で書かれた名札を見て、裁判官の名前を覚えた。




「はいっ! ドラゴ裁判官。この世界の法律は三十分で全部覚えました! だ、大丈夫です!」




 また視聴席の周りが騒ぎ出す。




「おいおいおいおい。三十分で覚えただってよ。大ぼら吹きもいいとこだぜ」




「そんなこと出来る奴がいたらそいつは瞬間記憶能力とか持っているに違いないぜ」




「可哀想に緊張しすぎてどうかしたんだろうな」




「こりゃ新人潰しの騎士検事のアンジュ勝ちかな?」




 ああ、もう!


 いちいちうるさい連中ね!


 覚えたんだから正直に言っただけだっての!


 まぁ、普通は弁護士とかは全部覚えられないから六法全書片手に裁判するけど、あたしはそんなの持たずに頭で覚えるけどね。


 いわゆる瞬間記憶能力だけど、正直言ってこれはあまり役に立たない特技だと思っている。




「ふむ……では奈々子さん。試しに法律の一つを言うので答えてほしいドラ。それでは殺人罪は刑法何条にあたり懲役などは何年になるか答えてほしいドラ」




 き、来たわね。


 魔法使いに渡された法律書を三十分でパラパラと読んだけど、内容はあたしの世界の法律とほぼ同じだったわ。


 大丈夫だわ。


 即答してやるっ!




「はい。刑法十四条、モンスターおよび人間の殺人罪の法定刑は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役であるっです!」




 一瞬周りがシンッと静かになる。


 ま、間違ってたかしら?




「ふ、ふむ、その通りですドラ。来て一時間ほどだと言うのによくこの世界の法律を覚えているドラね。驚きましたドラ」




 ドラゴ裁判官が驚きの表情でそう言った。


 おおっ!


 正解だった!


 良かった。


 ふふん、どうよ!


 このあたしの記憶力をその辺の人らと一緒にしてはいけないってわかったかしら?


 自慢じゃないけど六法全書の内容は全て正確に覚えているのよ。


 けれど普通の裁判なら前も言ったけど六法全書持ち込みでだいたいやるから意味ないけどね。


 他にはその時の光景など映像的な瞬間も覚えることも出来る。


 見ること、聞くことに関しての記憶能力は、法廷内で発揮されるあたしの数少ない長所でもある。


 観客が言ったように瞬間記憶能力ってやつがもしかしてあたしにあるのかもしれない。


 覚えること、見ることに関しては自信があるわ。


 あたしが胸を張って答え終わったらまた視聴席の周りが騒ぎ始める。




「おいおい、即答したぜ。あの弁護士……の候補生」




「今度の異世界からの弁護士は候補生といえど、ただものじゃないぜ」




「こりゃアンジュのやつ負けるんじゃないか?」




「いやいや偶然たまたまそこだけ覚えてた……ってわけじゃないよな?」




「いやでも即答だったぜ。瞬間記憶能力でもあるのかもしれないぜ」




「弁護士なら出来るかもしれないけど候補生だもんな。なんか凄いのかも」




 視聴席の周りがまたざわざわ騒いでいる。


 候補生は余計だけど、本当のことだから仕方ないか。


 それと金髪でショートカットの女騎士のアンジュと呼ばれた検事が少し驚いた表情をしていたのを見逃さなかった。


 そんな中で裁判室を照らす灯りの火の精霊ウィル・オ・ウィスプが楽しげに笑った。




「それではもう一つ質問しますが、事件が起きた時に何故裁判を必ずするのか分かりますかドラ?」




「はい、裁判を行う際には、正義の女神テミズンの名のもとに、平等な裁判、すなわち、弁護士と検事によって真実を暴く必要があるからです!」




「どうやら、この世界のことはわかっているようですね。では、奈々子弁護士もこの世界の法律などは大丈夫なようですし、これよりゾン太郎さんの棍棒窃盗事件を開廷しますドラ」




 いよいよ始まったわ。


 ゾン太郎さん、あなたの無実と棍棒を窃盗した犯人を見つけ出してあげるわ。

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