女弁護士候補生の異世界裁判
碧木ケンジ
第1話
「ではこれよりゾンビのゾン太郎さんの棍棒窃盗事件の裁判を始めますドラ」
そう言ってスーツを着た二足歩行をする人間とほぼ同じ身長のトカゲの裁判官が木づちを叩く。
裁判官はファンタジーで見かける典型的なリザードマンだ。
木づちの音が木造の裁判所内に響く。
弁護士席に立っているあたしは次第に緊張が大きくなるのを感じた。
傍聴席もとい視聴席には髭を蓄えたスライムや七五三に髪をセットしたゴブリンなんかが座っている。
裁判室を照らす灯りに目を凝らせば火の精霊ウィル・オ・ウィスプがイタズラげに笑った。
ここはただの裁判所ではない。
そう、あたしにとっては『異世界裁判所』だ。
異世界だろうが何だろうが、あたしにとっては初めての裁判だ。
被告人席のゾンビのゾン太郎さんも緊張している様子が伺える。
あたしはゾン太郎と目が合った。
ゾン太郎さんはやり場のない焦りが過呼吸となって出ている。
顔は無数の矢を射られたように固まり、瞬き一つない。
額から噴き出る汗で尋常じゃないってわかる。
あたしだって手中はべっとりだ。私が守らなくちゃ。
汗だくの勇気を握りしめて私は踏ん張った。
そしてゾン太郎さんは座れる椅子は用意されているのだが、立って体をビクビクと痙攣させ、手を激しくブラブラさせながら足を屈伸している。
緊張しているようだわ。
あたしもそんなゾン太郎さんと同じくらい緊張していた。
「弁護側の藤田奈々子さん。準備は出来ておりますかドラ?」
あたしの名前が呼ばれたので慌てて答えた。
「え、ええと……じゅ、じゅ、準備出来ていますうううう!」
思わず叫んでしまった。
あああああああ!
あたし凄く緊張しているじゃない!
こんなことじゃダメダメ!
モンスターやあそこの女騎士風の検事を相手に異世界とはいえ裁判をしなければならない。
何よりも信じた依頼人のゾンビのゾン太郎さんの無罪を証明しなきゃ!
とりあえず落ち着くのよ、奈々子。
っていうか何で異世界なのにリザードマンの裁判官とかは日本語で話しているのかしら?
ああ、そういうのは後で聞けば分かるか。
ここは異世界だし、あたしのいた世界と違って何でもアリなところなんでしょうね。
日本語で喋っているのもここでは不思議じゃないのかも。
さて、こんなことでいちいち驚いてばかりもいられないわ!
今は気にしないで裁判に集中しなきゃ!
「奈々子さん。あなたは異世界のチキュウから魔法使いによって転移された。法律大学付属の弁護士育成高等学校の学生と聞いています。この異世界の法律は全部覚えていますかドラ?」
リザードマンの裁判官がそう言うと視聴席の連中がざわざわと騒ぎ出す。
「聞いたかよ? 異世界から来た弁護士だって? しかも候補生かよ」
「ああ、どうりで学校の制服みたいなの着ているわけだぜ。あれブレザーって言うんだろ?」
「違うよ。かなり前の異世界から来た学生の女の子と同じセーラー服っていうやつだよ」
「どう思うよ? 弁護できるか怪しくね?」
「なんでも転移させた魔法使いの話じゃこっちに来てまだ一時間くらいらしいぜ」
「おいおい、そんなんでゾン太郎さんの弁護が出来るのかよ?」
「あーあ、こりゃ騎士検事で新人潰しで有名なアンジュのいつもやり方でゾン太郎さんの管理不足の責任で有罪判決確定だろな」
「そうだな、この前の男の新人弁護士もアンジュにやられて良いようにされて負けて異世界に帰っていったしな。今回もそうだろうよ」
何よ!
好き勝手に言っちゃってさ。
あたしだってまだ緊張しているけど、あたしのいた世界では弁護士育成高校でトップ……とはいかないまでも二番目くらいの成績を出しているんだからねっ!
そもそもこうなったのもあの女魔法使いのせいよ。
思い返せばあれは一時間前だわ。
16歳の誕生日に明日は夏休みだから寮で法律の復習しようと思った時だわ。
いきなりあたしのいる寮の前に黒いホールが出現したかと思うとそのまま魔法使いが現れたのよ。
そして「あなたに頼みたい裁判があるの」とか丁寧な日本語で言ってあたしを黒いホールの中に無理やり入れられて異世界転移させられたわ。
理由はなんでもむこうの世界の弁護士が今人手不足が原因で、異世界の私を転移させたらしい。
それにしても人手不足とはいえ何故魔法使いのエリスさんは異世界でプロでない弁護士候補生のあたしなんかを呼んだのだろう?
うーん、普通はプロの弁護士雇うと思うんだけど、なんでだろう?
なんでなのかしら?
そこが不思議ね。
終わったらあたしのいる世界に返してくれるっていったけど、なんかあたしをこの世界に呼んだあの女魔法使いも何故か疑われているのよね。
さっきも言ったけど、確か魔法使いの名前はエリスって名前だったわね。
この裁判所内にはいないけど、弁護士休憩室で私を待っているって言ってたわね。
「奈々子さん。法律は大丈夫ですかドラ?」
「えっ、あっ、はい!」
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