3.革命軍と没落貴族(エンジゾル・コミー・クリムゾン)

 俺の名はエンジゾル・コミー・クリムゾン。ミドルネームがあるのは貴族の証。

 あの教皇の演説、人を惹きつける力があった。9歳だというのに大勢の群衆を前にして堂々たる振る舞い。暴徒がいても為すべきことを為すという凛とした姿勢。何より、声自体は幼いのにそこに妙な大人っぽさと神々しさがあり、彼女の祈りは心が洗われるようだった。全てが許される気がして、あの場でみっともなく泣きそうにさえなった。教皇様に寄付すればこの思いは少しぐらい晴れるのだろうか。


「あらぁどうしたの~?あの襲撃からおかしいわよエンジ」

「あ、あぁフィッチ。気にするな」

 唐突な声に動揺し、声が震えた。声の主は豊満な胸の前で腕を組み、艶やかな唇の両端を釣り上げて余裕のある笑みを浮かべていた。首には大柄なネックレスをかけており、露出が多い服から程よく肉付きの良い手足が伸びている。その手足にも派手な装飾のリングやネイルが施されており、贅の限りを尽くしたような見た目だ。よく言えば派手、悪く言えば下品な見た目の彼女はフィッチ・ビッチ。いつも口八丁で何も持っていない俺をたぶらかそうとする。だから信用に置けない。


「大方、妖精教皇サマにでも惚れ込んじまったんじゃねぇかぁ?」

「な、何を言ってるロブ!!」

「へいへい。そういう事にしといてやるよ」

 口をニヤつかせて近寄ってくるこのモヒカンの大男はロブ・へイヤー。この体格を活かして、よく戦闘で働いてくれる。筋骨隆々な腕の大ぶりは圧巻だ。優に10人は薙ぎ払う。ズケズケと馴れ馴れしく話しかけてくるのは、こいつの悪い癖だが。


「おめえら、あっち行ってろ!!」

 俺は声を荒げた。

「へいへい。わーったよ」

「ったく。つれないんだからぁ」


 バタンッ

 二人は部屋の外へと消えていき、再び部屋の中には俺一人となった。

「寄付、か…。賊になった俺が何を考えてるんだかな…」


 俺はかつて、辺境にある片田舎の荘園領主だった。大して裕福な生活でもなかったが、慎ましくも平和に暮らしていた。

 その村では関所を作っての通行税を取らなかったため、次から次に街に出ていく人が現れた。

 俺はただ、人の移動に制限をしたくなかっただけだ。しかし、街に憧れを持つ若い人たちが次々と領土を離れていく。次から次に人がいなくなる。また一人、また一人…。


 …とうとう荘園領に住む若い人間は俺一人となった。

 盗賊なんて愚かなことだとわかっている。しかし、領にはもう、俺と御年長くない執事以外誰もいない。

 俺は親から引き継いだ土地を管理するすべしか教わってこなかった。このままではいけないと思い、町の図書館で本にかじりつき、農作物を育てるために試行錯誤してみた。しかし、農業の知識だけで農作物は育つほど甘くない。

 俺は、自らの土地を執事に託し、教皇のいる首都の近くに出稼ぎに行くようになった。

 もちろん俺のようなよそ者が街に入ったところで仕事にありつけるわけでもない。盗賊に身をやつしたのは必然と言える。


「なぁ、ちょっといいか?」

 と、ぼんやりしていたら、ロブが再びドアを開けて入ってきた。出て行くように言ってもすぐ戻ってきやがる。

「どうした?」

「明日突撃するんだろ?」

「それがどうかしたか?」

「明日のために体を動かしておきたくてよぉ。トレーニングに付き合ってくれねぇか?」

「って、昨日もやっただろ」

 戦闘前に変に自信をつけたり逆に喪失したりするのは良くない。だから突撃前日はなるべく休むように言っているのだが、彼は聞く気が無いらしい。普段は身体がなまるのを防ぐため、突撃前日はトレーニングのため。色々と理由をつけては稽古をつけるよう目を輝かせて俺に頼んでくる。全く。脳筋って感じだな。


「お前は本当に仕方ないな…分かったよ。どっからでもかかってこい」

 盗賊らしく、狭く寂れた住まい。ギギギ、と音を立てて外に出ると涼やかな風が吹いていた。森の中、それなりの広さの平地を作り、訓練場とした円形状の広場。草がところどころに生えたその先でロブは槍を構えている。視線が重なった瞬間、俺は地面を蹴った。

「じゃあ覚悟しろよ」

「ヒャッハー!」

 ロブは持っている槍を頭上で回転させ振り回した。

「だーかーらー!!」

 俺はいつもどおり右に避けた。

「バカジャネーノ。いつもいつも同じ手が通用するわけねぇよ!!」

 と思ったが、ロブがいつもと違う逆方向からの振り回しをしてきた。ひねりもいれてきているしだいぶ成長したらしい。…だけど、慣れていないからか動きがぎこちない。俺はにやりと笑うと懐に入り込み、拳を振るった。


「いつつ…。いつもどおり負けたか~」

「いつまでも遊んでんじゃねぇぞ。もう終わりだ。明日の準備でもしてろ」

「わーったよ」

 今回、突撃するのは教皇様ではない。彼女に刃を向けるのは気が引けるから、あの場所に居た革命軍にでも突撃するつもりだ。寄付とかやっぱりそんなの柄じゃないし、教皇様に歯向かう奴らを駆逐する方が、よっぽど俺の性に合っている。

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