2.革命軍と妖精教皇(もうひとりの異世界転生)

広場の中心に、赤い祭服をまとった幼い少女が立っていた。彼女の両脇には衛兵らしき男たちが警戒するように目を光らせている。

ボクが足を止めると、アルド・ドゥッガーニが小声で言った。

「あれが妖精教皇。年端もいかねぇのに信徒を束ねてる、化け物じみたガキだ」

確かに年齢は9歳そこそこにしか見えないのに、その落ち着きぶりは尋常じゃない。少女が演説を始めるや否や、周囲の喧騒が嘘のように静まった。


「愛する信徒の皆様。今この場所で、神は皆様の行動をご覧になられております」

高く澄んだ少女の声。しかし不思議な威圧感がある。最前列の人々が固唾をのんで聞き入るのがわかった。

「蛮行を改め、神に祈りと供物を捧げるならば救われましょう。社会と繁栄の礎となるのです」


少女が小さな手を胸の前で組むと、その隙間から淡い光があふれ出した。

ドゥッガーニがボクの腕をつかみ、あせったように声を上げる。

「やべぇぞ、あの光は! 浴びるな!」

「え……?」


次の瞬間、広場の一角で大声をあげていた盗賊らしき集団が、その光の中に呑み込まれるようにひざまずきはじめた。彼らは武器を投げ捨て、まるで恍惚の表情で祈りをささげる。

「あれが教皇の洗脳光ってやつだ。食らったらあいつの信者になっちまう」

ドゥッガーニはボクの手をぐいっと引っ張ると、走りだす。

ボクも慌ててついていき、広場から逃げ出した。


ある路地裏まで来てようやく息をつくと、ドゥッガーニが苦い顔をしてつぶやいた。

「あのガキ、ただの子どもじゃねぇんだよ。あんな力を振りかざして信徒を増やしてるからな。革命軍としてはどうにかして止めたいが、まともにやり合えばこっちが洗脳されるだけだ」

ボクは広場で見た光景を思い返していた。幼い姿でありながら、絶対的な力を見せつける少女。

(あの教皇……もしかして、ボクみたいに異世界から来た人だったりするのかな……)

頭の片隅でそんな予感がしたが、確かめようがない。ドゥッガーニとともに、ひとまず拠点へ戻るしかなかった。


---


同じ頃。教皇は執務室として使われている部屋に戻っていた。

そこは大理石の床に調度品がずらりと並ぶ豪華な空間で、幼い少女の住まいというには不釣り合いなほどの威圧感がある。

黒スーツの枢機卿がサンドイッチを片手に嬉々とした笑みを浮かべる。

「教皇様、本日の公務お疲れ様です。明日は軍の作戦会議がございますから、くれぐれもお忘れなきよう。軍の方針を決める場ですので、ンッフッフッ」

彼の胸元には、大きな宝石がじゃらじゃら付いた十字架のブローチ。信者から集めた金で買い漁ったのだろう。


「いやに上機嫌だな、リシュリュー枢機卿。こっちはクタクタなんだ、適当にしてくれ」

教皇――バンシー・N・アティスールは短く吐き捨てる。声変わり前の少女のような甲高さはあるが、その語気には妙な迫力がある。

「ではごゆるりとお休みくださいませ。神の御加護があらんことを」

リシュリュー枢機卿は深々とおじぎをして部屋を出ていった。相変わらず嫌味な男だ、とバンシーは胸中で舌打ちする。


やがて、メイド長のメアリー・ショージ・セバスが入ってきた。青い髪をきりりと結い、太ももには常にナイフを忍ばせている。

「教皇様、本日はそろそろお体をお洗いになってはいかがでしょうか?」

「ああ? 悪いが後にしてくれ。少し休みたい」

「かしこまりました。それでは夕食前に改めてうかがいます。おやすみなさいませ」

メアリーが礼をして退室し、扉の鍵が閉まる音が響く。


バンシーは溜息をつくと、部屋の中心に置かれたベッドに倒れ込んだ。柔らかい羽毛布団に沈みながら、男っぽい口調が心の中で漏れる。


(まったく……こんなガキの体で“妖精教皇”なんぞやらされて、呼吸も苦しいし神に祈れとかふざけてんのか。元はただのオッサンだったっつーのに)


彼――いや、いまは「彼女」と呼ばれるしかないが、バンシーは転生者だ。しかも二度目の転生ではなく、実質“三度目”に近い。

一度目の人生は男で、なんだかんだ長く生きた記憶がある。二度目の人生ではまだ幼女のうちに士官学校を出て、戦場で活躍した……そこまではうっすら覚えているが、詳細は曖昧だ。

気がつけばこの世界で、バンシー・N・アティスールという教皇になっていた。喘息持ちでちょっと走るだけで息が切れるし、得体の知れない祈りの力で信徒を洗脳する。どう考えてもまともじゃない。


(前世が地獄の戦場だったってんなら、いまも大して変わらねえ。こんな役立たずの体で、生まれて早々“神様ごっこ”だと? はっ、笑わせる)


とんでもないクソな状況だと思いながらも、後方勤務に近い立場で好きな本を読み漁れることだけが救いだった。

この国の教会書庫には110万冊を超える蔵書がある。そんなものを自由に読める環境なんて滅多にない――それだけが辛うじてバンシーの精神を支えていた。


(神を信じる気なんざない。こんな茶番を用意したのが“創造主”なら、なおさら許せねぇな。すべては事象Xとかいうわけのわからん力だろ……)


そう思いながらも虚弱な体は正直で、日中に強い“祈り”を使った代償か、まぶたが重くなってくる。

「……チクショウ、俺はもう寝るぞ。いつか必ず抜け出してやるからな……」

呟きながら、意識はゆっくりと闇へと落ちていった。


---


かくして、幼い見た目の“妖精教皇”バンシーもまた、かつての人生を引きずる男勝りの転生者だった。

その力――洗脳の祈り――が革命軍にとって脅威になるのか、それとも別のかたちで関わっていくのかは、まだ誰もわからない。

そしてボク(ワールド)たち革命軍が、彼女の本当の姿を知る日は来るのだろうか……。


そんな予感だけを抱きながら、町の夜は静かに更けていく。

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