第十五話
俺の問いかけに、全員の視線が集まった。言うんじゃなかったと焦っても、もう手遅れも同然であった。
「後悔、しているのかわからないんです。私は、もう生きて妹の隣には居れませんか
ら。それに、妹も天命を全うして召されましたから……」
「そう、なんですね……」
「ええ、私はもう拠り所がない。失うものもないですから」
鴻さんはグラスのフルーツティーで口を潤し、ホッとしたような表情を浮かべた。美津さんを見ると、彼女はどこか安心したように目を細めた。良かったのだろうかと不安になりつつ、俺もフルーツティーを一口飲んだ。ふわりと、かすかにフルーツの甘い匂いとさわやかな香りが鼻腔をくすぐった。
さっきまで少し戸惑っていたような祭先輩や、
――憐れな奴のために。
――あるいは、救いのない貴方のために。
鴻さんは、確かに憐れだと思えるくらいの感情を抱えているのだ。そして、鴻さんの妹のような目に遭った人を見守ってきた聊斎さんも、同じように生き場のない怒りと悲しみを抱えているのかもしれない。
「でも、悪いことをしたのね。私の怒りを、私の怒りの形のままにぶつけてしまっ
た。きっと、許されないわ」
「なら、誰も殺さないことを選べばいい……」
聊斎さんが鴻さんに強く言った。諭すように。
鴻さんは、「でも、そんなの私が生きてゆけないわ……」と握りこめた手を胸に当てて目を伏せた。聊斎さんは「そりゃあ、当然さ」と何度もうなずきながら、美津さんを指し示した。
「だから、この嬢が何とかする」
そりゃあもう、いい笑顔で聊斎さんが言った。
見事な丸投げである。しかし、美津さんはピクリともせず笑みを浮かべた。目だけは笑っていなかった。すると、ガランガランと入口の扉にとりつけられたベルが鳴った。
「まったく、人使いが荒いよね、どいつもこいつも」
扉を乱雑に開けて、一人の青年が入ってくる。目を見張るほどの長身で、おそらく百九十センチ以上ある。つやのある長い灰色の髪の毛を束ね、色素の薄い亜麻色の瞳を持った
「ロクスさん、お元気そうですね」
「皮肉もたいがいにしなよ。君には返しきれない恩があるから、わざわざ来たんだ」
「はいはい、そうですね。私に借りを作るロクスさんが悪いと思います」
どかっと、カウンター席に腰かけ、ロクスと呼ばれた彼は「ケッ」と心底不愉快そうな表情を浮かべた。遊佐さんのような穏やかそうな人を予想していたのだが、全く違っていた。
美津さんはにこにこと笑みを浮かべながら悪態をつき、彼の目の前に俺たちと同じフルーツティーとフルーツサンドを差し出した。
「
けど……。霊媒体質ってやつ?」
ロクスさんは差し出されたフルーツティーに目を輝かせてから、少し咳払いをしてそう言った。――霊媒体質って、幽霊の類に取り憑かれやすい体質だったか。ひんやりとした口当たりのフルーツティーをすすりながら、美津さんに視線を向けた。
「んで、今回憑いてたのがこの着物の女ってことでしょ?」
「そうですね」
「君の持っていたお札で封印・浄化したらしいから、近いうちに陰陽寮から呼び出し
くらうかもね」
ロクスさんは「君の作ったものでしょ? だからだよ」とため息を漏らし、フルーツティーをストローで一気に吸い込んだ。美津さんはロクスさんの言葉に忌々しそうに眉根に深いしわを寄せていた。
「……ま、僕的にはどーでもいいけど。で、僕はこの着物の娘を陰陽寮に連れてけば
いいの?」
「え……?」
鴻さんがロクスさんの言葉に不安そうに眉を下げ、美津さんに視線を向けた。
「んー、その予定は今のところないですかね。あの場所、これから繁忙期でしょ
う?」
鴻さんの視線に気づいたのか、美津さんはそう言った。すると、「わかってるなら呼び出さないでよ」とぐちぐちと呟いた。それから、ロクスさんは店内にいるメンバーをひとしきり眺め、ふーッと鼻から息を漏らしていた。
それから、もう一度一人一人の内を探るようにぎゅうっと目を細めた。
そして、未だソファで昏睡している優造さんに視線を向ける。
「霙、あとで話があるから」
「あー、はい」
何かを察したのか、美津さんはロクスさんから視線をそらした。
それから、数分くらいどうしようもない沈黙が続いた。それを、おずおずと遊佐さんが経ち切った。
「あ、あの、神父様はこれからどうなるのでしょうか……」
小さく片手をあげて、美津さんに、ロクスさんに、聊斎さんに順繰りに視線を向けて言った。すると、全員きょとんとした。
「どーなるか、ね……」
「どうともできませんね。というか、できないですね。私は、少なくとも現役の方と
は面識がほとんどないので。ロクスさんはもう枢機卿を引退なさっておりますし、
ねぇ?」
「そうであろうな。霙は人外とのつながりなら無敵なのだがな……」
ロクスさんと聊斎さんは、美津さんを見ながら苦笑した。当の本人である美津さんも、「そうなんですよねぇ」と眉を下げて笑った。
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