第一話
翌日――。
いつものように早い時間に登校する。人はまばらで、やや
土手沿いに歩いていると、一匹のトラ猫が飛び出してくる。
俺は「あっ」と声を出し、その猫に寄っていく。そのトラ猫は人目を気にするようにきょろきょろして、ふわりと煙を立てた。煙は猫を覆うように巻き上がり、五秒もしないうちに消えた。
「左京、やはり早いんだな」
ベリーショートの茶色よりの金髪の女性が、俺に声をかける。
彼女は、先ほどの猫で――猫又という妖怪だ。普段は人間に紛れるようにこのような姿になっていることもあれば、普通の猫の姿になっているときもあるのだという。彼女は一か月ほど前に、俺が怪我を手当てしたことをきっかけにちょくちょく顔を見に来てくれる。
「ズザさん、お元気ですか、ロアさんも」
「ああ、同盟を組むことに不満を持っている奴らを説得したりで、最近は忙しかった
がようやく収まりそうでな……」
彼女――ズザさんはからからと笑い、「お前も元気そうだな」と言った。彼女はこれでも、明治時代から生きる猫又で、この街では二匹いるボス猫の一人だ。性格も口調も、それから見てくれも極めて男らしい。いわゆる、あらゆる角度から見てもイケメンだ。そして、もう一人のボス猫はロアさんだ。最近まで縄張り争いをしていたのだが、お互いの両片思いが発覚して”同盟を結ぶ”という形で、一時休戦中らしい。
「あ、ズザさんって人に何か憑いていたらみえるものですか?」
俺は昨日会ったことを思い出し、ふと問いかけてみる。すると、ズザさんはぱちくりと瞬きをして、首を傾げた。
「妖怪やら幽霊の類か?」
「あ、はい、そういう奴です」
「……そうだな、見えなくはないさ。雑霊とか弱っちい奴らは隠れるのが下手だから
な」
雑霊とは何だろうか。首をかしげると、ズザさんがおかしそうに笑いながら説明してくれる。
「雑霊は浮遊霊のことだよ。人間だけじゃなく、動物も含まれる」
へぇ、と相槌を打つ。すると、ズザさんは不思議そうな顔をしながら、「どうしてそんなことを聞くんだ」と聞いてくる。俺はそれに答えるために、昨日三田守護天使のことを話した。すると、ズザさんの表情があからさまに曇る。
「……守護天使。教会の小僧の奴か」
「よくないことでもあるんですか?」
首をかしげると、ズザさんは首を振った。そして「人間には害はない」という。ということは、彼女たちのような妖怪たちに影響が及ぶのだろうか。やや心配になると、ズザさんは心配するなとばかりに笑みを浮かべた。
「近づかなければ害はないさ、一応な。強いやつとかプライドの高い奴らなら、かか
ってくるかもしれんが……」
「き、気を付けてくださいね……」
真面目な表情で話したズザさんの言葉に、思わず頬が引きつるような感じがした。俺は怪我をしないようにと言葉をかけると、ズザさんは「おまえもな」と言った。それから、もし何か良からぬことがあれば教えると言って、さっきのトラ猫姿に戻って走り去っていってしまった。
ボス猫は忙しいらしい。走り去るスピードは自転車よりも速く見えた。
「おはよー、オキクン!」
学校に到着し、教室へ行くと先に
閑散としている朝の教室の自分の席に座り、今日もSNSサイトを回っているようである。俺は碧衣の斜め後ろの席、窓際の一番後ろの席に着いた。やることもないので、俺もスマートフォンでネットサーフィンをする。
「ねー、オキクーン」
「なんだ」
「期末試験のべんきょ始めてる~?」
碧衣はこちらを振り向いて、椅子を寄せてくる。俺は碧衣の質問にもうそんな時期かと思いだし、「まだだ」と答える。碧衣は「そうだよね」と相槌を打った。
「そもそも、期末は月末だろ? あと三週間以上ある」
「んー、なんだけどねぇ。今回は範囲広いから、しんどいかなーって」
スマートフォンをスワイプしながら、俺はチラリと碧衣の方を見た。たしかに、今回の期末考査は、五月半ばにやった中間試験よりも範囲が広い。それに、赤点をとれば夏休みの半分は補習に費やす羽目になる。――まぁ、俺も碧衣も例外なく中間試験は十位以内だったが。ちなみに、美津さんは学年二位だった気がする。
「でも、中間の範囲と少しかぶってるだけましだろ」
そう言うと、碧衣は「うっ」と呻く。
「まぁ、そうだけどぉ。部活もできないし、暇になるんだよな~」
「それ、前回のテストでも言ってたろ」
碧衣はバスケットボール部所属で、他の運動部にも引っ張りだこだ。しかし、テスト二週間ほど前になると部活動停止になるので、充実した部活動生活を送っている碧衣にとっては地獄も同然だろう。
まあ、俺はどこにも属していないので関係はない。
すると、碧衣が何か思い出したように背筋を正した。
「オキクンて、まだ生徒会にスカウトされてんの?」
俺は顔をゆがめた。
「生徒会長に出くわせば、な。必ずと言っていいほど」
「なは~、あの人しつこいもんね~」
転校当初、俺は生徒会の面子に半ば強引に連れ去られ、スカウトされた。どうやら生徒会長たっての希望らしく、彼と校内ですれ違うと必ずと言っていいほど声をかけられる。やや派手な見た目ではあるが、悪い人ではない。だからと言って、生徒会に入る理由にはならい。碧衣が一年生の時も、スカウトされたらしいが彼も断っている。
俺は一等深いため息をつき、椅子の背もたれにもたれかかった。
「ん、そうだ。碧衣、この街に教会あるって昨日聞いたんだけど、どこにあるんだ」
俺が聞くと、碧衣はきょとんとした。
「教会? なんで」
「昨日、美津さんとの会話で出てきた」
「あー、なるほど。みーたんは交友関係が広いからねぇ、神父さんがハロウィーンの
ときにお菓子作るの頼まれるって言ってたし」
教会でハロウィーンと首をひねった。アメリカや西洋で行っているイメージではあるが、キリスト教の行事だったろうか。
「あれ、何の話をしているんですか?」
カララッと教室の扉が開き、美津さんが顔を出す。
「おはよ~、みーたん」「おはよう」
「ふふ、おはようございます」
とりあえずとあいさつをすると、美津さんは笑みを浮かべてぺこりと小さくお辞儀をした。それから、さっき碧衣と話していたことを聞く。ハロウィーンに関して案外俺たちは知らないものだ。すると、やはり美津さんの知識は幅広く、説明をしてくれた。
「ハロウィーンはケルト人が起源なんですよ。もとは、今のイメージから離れて、悪
魔などを崇拝して生贄を捧げる宗教的行事だったんですよ」
「……うっ、怖いねぇ」
碧衣は震えあがるように腕をさすった。
「あ、でも今はそういう宗教的なことはないんです。アメリカの民間行事となって、
みんなの知るハロウィーンになったんですよ。帰ってくる死者に紛れて、人間も同
じように魔女や怪物の格好をする」
「へぇ、じゃあキリスト教じゃないってことか」
「ご名答です。キリスト教とは異教なので、容認しているところもあれば、否定して
いるところもありますよ」
俺の言葉に美津さんは小さく拍手を送る。とはいえ、今までハロウィーンはどことなくキリスト教めいたイメージがあった。神父やシスターのコスプレをした人が、ハロウィーン行事のパレードで練り歩いているのを見たからだろうが。
「で、ハロウィーンの直後にはカトリック教による諸聖人の日があるんです。成人や
殉教者を記念した日です。その次の日は死者の日ですね」
俺はと碧衣は彼女の知識の懐の大きさに感心し、「へぇ」と何度も相槌を打った。
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