第二話

 全授業が終わり、俺はすべての荷物をスクールバッグにしまう。特にすることもないので図書室へ向かおうかと悩んでいると、けたたましく教室の扉が開いた。教室に入ってきたのは、明るい髪色の背の小さい先輩――まつりさかえ先輩だ。

 彼はまっすぐとよどみない歩調で、俺や碧衣あおい、美津さんのいる席の方へ歩いてくる。他の生徒は、帰りのホームルーム終了早々現れた小さな生徒会役員に驚きを隠せないようだった。


みぞれ、今いい?」


 すいすいと並ぶ机と人をすり抜けて、祭先輩が美津さんに机に手をついた。美津さんは首を傾げ、戸惑っているようだった。


「栄くん、生徒会では……」

「別に関係ないでしょ! 幼馴染の話くらい聞いてよ」


 祭先輩は美津さんを半ば強引に立ち上がらせ、「早く早く」と引っ張っている。美津さんこちらに困ったような視線を向けた。助け舟を出せばいいのだろうかと思ったが、美津さんがこちらに視線をやったことで祭先輩が何やら察したらしい。俺の腕をつかみ、「お前もこい」と言わんばかりに顎で教室の扉を示した。

 俺は何度も瞬きしてから、美津さんの分の鞄も手に取り、祭先輩についていった。なぜか、碧衣もついてきたが。


「うわ、なんか余計なのもいるし……」


 祭先輩についていくと、空き教室に通された。

 おそらく、使わなくなった資料とか置いている物置のような教室なのだろう。様々な教材が紙ひもで縛られ置かれていた。

 祭先輩はなぜかついてきた碧衣に眉を寄せ、「チッ」と舌打ちをした。女子顔負けのかわいらしい顔立ちをしているが、性格まで可愛いわけではないらしい。それは生徒会に初めて勧誘されたときに知ったことだ。


「まぁ、いいや。お前ら、柳の奴が言ってたけど、校舎の幽霊の件解決したんだっ

 て?」


 祭先輩は「ちがうの?」と眉を寄せながら、問い詰める。

 校舎の幽霊の件とは、おそらくレイラさんのことだろう。明確には幽霊ではなく、長年大切にされてきたとある夫婦が所有していた西洋人形ドール付喪神つくもがみだ。たしか、今は廃墟となり果てたとある夫婦の住んでいた屋敷の鍵を、なぜか二条が持っていたな。

 美津さんは祭先輩に問い詰められ、しぶしぶと言ったふうにうなずいた。


「その件のお説教ですか、栄くん」

「ちがうし!」

「じゃあ、なにがあったんですか?」


 美津さんはため息をつき、むくれた祭先輩をなだめるようにその頭を撫でる。しかし、当然の報いで、祭先輩はさらに拗ねてしまった。


「はぁ~あ、一回しか話さないからね」


 祭先輩はあきらめたのか、大袈裟にため息をついて話し始める。


「霙は僕のおじいちゃんのこと知ってるでしょ」

「えぇ、面識はそこそこありますが……」

「おじいちゃんがさ、倒れちゃったんだよね。いや、意識はあるんだけど、あれから

 何か見たとか言って、仕事に支障きたしててさぁ……」


 祭先輩の言葉に、聞いていた俺たちは眉をひそめた。「何かを見た」とは、を視たのだろうか。


「何かを見たかはわからないんですか?」

「いや、ちゃんと教えてくれなくって。おじいちゃんはすぐそこ居るんだとか言って

 るんだけど、虚空を指さしてたらさぁ?」

「なるほど……」

「で、本当になんか不思議なものが見えるんだったらせめて見てくれないかなって思

 って」


 美津さんは祭先輩の申し出に少しだけ眉を寄せていたようだった。

 祭先輩はそれを見て、「だめだった?」と不安げに眉を下げた。すると、美津さんはハッとして、首を振った。しかし、美津さんの表情は晴れてはいなかった。とはいえ、祭先輩は美津先輩が来ることに安心して、ホッと安堵あんどのため息をついているようだった。

 

「よかったぁ~。今時間があるなら、出来るなら今から来れない?」


 時間はできるだけ早いという。

 俺も美津さんも碧衣も、唐突な提案に顔を見合わせた。


「今から、ですか?」

「そう。おじいちゃん、結構衰弱してるっぽいらしいから……」

 

 祭先輩は実際に最近のおじいさんの姿を見ているわけではないような言い草だった。それから、半ば強引に祭先輩の祖父のいる住居へ向かうことになった。行くのは俺と美津さんと祭先輩。

 碧衣は興味本位でついてきただけであって、部活があるらしいので別れた。


「ここ、ここ。二人とも入って」


 祭先輩に連れてこられたのは、小さな教会だった。

 屋根の塗装がややがれ落ち、ずいぶんと前からあるらしいことが分かった。しかし、ステンドグラスは教会の象徴のように、きれいに磨かれぴかぴかと輝いている。

 

「栄くんの祖父は、教会の神父さんなんですよ。とても親切な方です」

「へぇ、教会か……」


 昨日の遊佐ゆささんという青年を思い出す。彼も確か、教会に勤めているのだったか。

 教会を見上げていると、祭先輩に「早く来い」と急かされてしまった。俺たちは、祭先輩を追うように、小走りでついていった。通されたのは、教会の奥の医務室のような場所。隣には神父である祭先輩の祖父の執務室がある。


「おじいちゃん、起きてる? 入ってもいい?」


 祭先輩は、医務室の扉を何度かノックして、返答を待つ。


「あぁ、……いいよ」


 思ったより早く返ってきた。それは弱々しくかすれた老人の声だった。ずいぶんと疲弊ひへいしているのか、息絶え絶えといったふうだ。


「お客さんが来てるよ、霙とその友達」

「そうか……、ちゃんともてなしてやれなくて済まないな」

「あぁ、もう。無理して起きないでよ」


 ゴホゴホとせき込んだ祭先輩の祖父。祭先輩起き上がろうとする彼を、無理やりベッドに押し戻す。美津さんも祭先輩に同意しつつ、おじいさんの話を聞こうとしている。


優造ゆうぞうさん、栄くんが心配してましたよ。何かが見えているって言っていたと……」

「あぁ、そうなんだ……。霙ちゃんは昔なら不思議なものが視えると聞いていたか

 ら、見えるだろうか。……あそこにいるだろ?」


 祭先輩の祖父――優造さんは部屋の天井の隅っこを指さした。美津さんはそれを見て、俺も祭先輩もパッと天井を振りあおいだ。しかし、何も見えなかった。

 

「ふむ……、これは」


 美津さんは柔らかなカーブを描く眉を寄せ、どうしたものかと手のひらで口を覆い、何やら考え込んでいるようだった。弱々しくも、それが視えるであろうことを期待していたであろう優造さんは、何かが見えたらしい美津さんに安心したような表情を向けていた。おそらく、自分ばかりが見えていたため不安があったのかもしれない。だから、美津さんという視える者がいたおかげでホッとしているのだろう。

 美津さんはもう用事は済んだらしく、「出ましょうか」と言って、この執務室を後にした。俺も祭先輩も彼女を追って、執務室を出ていく。

 しばらくついていくと、祭壇の方まで来ていた。祭先輩は長椅子に腰かけ、美津さんは祭壇の近くにある石膏像を眺めていた。


「霙、ホントに何か見えたの~?」


 いぶかし気に、祭先輩が言った。美津さんは、俺たち二人を振り向いて、首を振った。


「優造さんが示す方向には何も……」


 ―――、不自然な言い方だった。

 ならば、彼女は別の場所に何かを見たのだろう。


「しかし、優造さんの中に何かが憑りついているようです」

「おじいちゃんの中?」


 美津さんは今にも激昂げきこうしてしまいそうな祭先輩をなだめ、神妙にうなずいた。

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