第十四話
「
ズザさんは美津さんに視線をやって、悲しそうに微笑んだ。普段の強気そうな表情とは違い、儚く消えてしまいそうなものだった。
「え?」
その中に、俺でも美津さんでもないことだ疑問の声を上げた。ただ驚いたように発せられた声。それの発信源はズザさんからであった。美津さんはそれを可笑しそうに眺め、ロアさんはぎこちなくズザさんの方を向いた。
それから、耐えかねたのかロアさんは耳まで真っ赤にして、顔を両掌で硬く覆った。俺はロアさんを少しだけ可哀そうに思い、そっと目を伏せる。――なんというか、聞かれていないと油断していた時に聞かれたのが、可哀そうだ。
「ロア、なんで顔を隠す」
ズザさんはそれに情け容赦なく、ロアさんの顔を覆う彼の手をどかそうとする。余裕
「意図せず相手に伝わってしまいましたね」
「俺は、つ、伝えるつもりなんてなかったのに……」
美津さんがロアさんを憐れむように声をかけると、ロアさんは恥ずかしさに今にも涙が出そうな表情をしていた。それは、ズザさんの力が思ったよりも強く、その表情が暴かれてしまったからだ。
「ふぅん、それは残念だな」
ズザさんはそんなロアさんをからかうように眉を下げ、笑みを浮かべた。ロアさんはハッとして、うろたえる。それから、美津さんは何かたくらみを思いついたのか一瞬だけ悪い笑みを浮かべて口を開く。
「よかったですね、ズザさん。両想いです」
「「なっ……」」
次に紅潮したのはズザさんだった。動揺したロアさんとズザさんの声が重なり、俺まで恥ずかしくなってくる。
ズザさんは美津さんの肩につかみかかり、揺さぶった。
「言わないでくれって頼んだじゃないか!」
「えぇ~。そうかもしれないですけど、二人とも拗らせすぎてもどかしいんですよ
ね。ズザさんの照れ隠しはややこしいから、ロアさんは脈がないのだろうかと相談
しにくる日もあったんですよ」
「おい、霙嬢、何もそこまでぶちまけないでもッ」
「私は縁結びの神様でもなければ、恋愛相談のプロでもないんですよ?」
「「それはそうだ」」
ぐっと言葉に詰まり、ロアさんとズザさんが声をそろえて美津さんに謝罪した。いわゆる、美津さんは仲介役ではなく、胸に秘めた恋慕を一方的な感情だと思い込む二人の片想いの相談をされていたわけだ。
「
矛先が俺に向いた。
まさか俺に言葉がとんでくるとは思わず肩がはねたが、俺も美津さんに同意するように頷いた。
「公的な役割と、個人の感情は別だしいいんじゃないの?」
美津さんは「ですよね」と頷き返してくれた。
「ほら、隠岐くんもこう言ってくれています。一度、二人向き合って考えなさい」
美津さんが言い放つと、ロアさんとズザさんは否定しがたかったのかおずおずと頷いた。美津さんのやらせたかったことは、もしかしたら恋のキューピットとして彼らの想いを結ぶことではなく、彼らの些細な感情の壁を取り除くことなのだろうか。俺から見て、想いを伝えようとしなかった二人の考えは「想いを伝えたのちに、相手の反応が悪かったらどうしよう」という恐れから来ているのだろうと思う。
美津さんは
「どうぞ」
それから、二十分ほどたって、美津さんがテーブルに透明なグラスを置いた。
目の前に置かれた品に、ロアさんとズザさんは目を合わせる。そのセレクトの意味を俺は知らないが、俺の目の前にも置かれた。昔ながらのクリームソーダと、チーズケーキだ。ほのかにレモンの香りもしてくる。
クリームソーダにはメロンソーダの上に、綺麗に盛り付けられたバニラアイスとサクランボがちょこんと乗っている。チーズケーキは特別凝った盛り付けはなく、ミントが載せられていた。
「霙嬢に、言ったっけ……」
ロアさんがぽかんとして美津さんに問いかけると、美津さんはため息をついた。
「ズザさんと祖父から何度も聞きましたとも。お二人の再会の記念に食べたものだ
と、耳にタコができそうなくらいね」
「うぅ、それは申し訳ない……、でも、誰かに覚えて欲しくて」
ズザさんが申し訳なさそうに、美津さんを見つめた。美津さんはその表情に苦笑を浮かべ、「それも何度も聞きましたよ」と言った。
それからロアさんとズザさんは視線を再び合わせ、目の前にあるチーズケーキにフォークを差し込んだ。俺も美津さんに視線で促され、チーズケーキを一口食べる。甘すぎず、ほのかな酸味の利いたチーズケーキはなめらかで、派手ではないがとてもおいしい。
ロアさんは細長いスプーンを水滴の付いたグラスのアイスクリームを崩しにかかるように、慎重にクリームソーダと向かい合っている。メロンソーダとアイスクリームとの境目が滲んで、オーロラのようになる。
「美味しい……」
「だな」
ロアさんのつぶやきにズザさんが微笑んで答える。
「初めて食べた奴もこんな味だったかな。もっと、素朴っていうか、砂糖いっぱいの
味だった気がする……」
ロアさんが懐かしそうに、今にも泣きそうな表情で言った。でも、嬉しそうな表情でもある。過去を
「俺、好きだよ。猫だった時から、ズザのこと」
ポロポロと、甘酸っぱい気持ちを吐き出すようにロアさんはズザさんを見た。くすぐったそうにズザさんは頬を赤らめて、「同じだな、
「それ、俺の昔の名前……」
「お前が飼われていた
ロアさんはズザさんに驚いたような表情を向けて、それからまぶしそうに微笑んだ。「そうだね小夏」と、幼く笑う彼の瞳はきれいなグリーンだった。
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