第二章 メロンソーダとチーズケーキ

はじまり

 帰りが、少し遅くなっていた。

 俺は少し急ぐように帰路につく。外はもう暗くて、街灯が点灯されていた。俺は、まだ春ではあるが、非常に温暖なこの街についひと月ほど前に引っ越してきた。この街で初めて出会った友人は女の子で、偶然にも同じ高校の同じ学年。そのうえ、喫茶店で働いていて、その喫茶店にはコロポックルやら幽霊、妖怪が顔を出す。

 今日もそこに行っていたら、ずいぶんと時間が経っていたらしい。平日で、あまり人が来ないせいかその女の子――美津みつさんと話し込んでしまうのだ。


 ――な~ん


 するりと、自分の足元にすり寄ってきた存在に歩を止めた。

 少しムッとしながら足元を見ると、そこには三毛猫がいた。おそらく飼い猫なのだろう。――鈴のついた黒い首輪を装着させられている。その三毛猫は俺に足元にすり寄ってきて、もう一度「なぁん」と鳴いた。


「おい、お前は自分の家に帰れ」


 しゃがみこみ、その猫の顎を撫でやる。猫は言葉を理解しないようで、ゴロゴロと喉を鳴らしながら心地よさそうに地面に寝そべった。ずいぶんと人懐っこい三毛猫らしい。

 すると、猫の足元に赤くにじむものが見えた。

 その後ろ脚に触れようとすると、猫は弱ったように抵抗の声を上げた。俺は少し可哀そうに思い、猫を抱きかかえた。


「一晩だけだぞ」


 ――にゃぁん


 咎めることもできず、俺は眉を下げた。

 猫は俺に抱きかかえられて安心したように、ゴロゴロと喉を鳴らす。それでも、歩く時のわずかな震動で足の痛みを感じるらしく、猫は時々弱々しい声で鳴いた。すると、ピコリンとポケットに入れていたスマートフォンが鳴った。三毛猫は驚いたようで、俺の取り出したスマートフォンを威嚇した。

 俺はそれをなだめるようにしながら、スマートフォンの通知に目を通す。それは美津さんからで、「喫茶店にハンカチを忘れてますよ」とのことだった。俺は「明日取りに行く」と返して、制服のジャケットの胸ポケットへしまった。三毛猫はそのポケットを小さな手でカリカリとひっかきながら、スマートフォンを警戒しているようだった。


 ――フシャアアァッ


 毛を逆立てて、ポケットに威嚇する三毛猫は幾分か滑稽に見えた。

 それから家に到着し、簡単に傷口を洗って、応急処置を施した。もう夜で外も暗く、車が通ると危ないので一晩家に置くことにした。父にはもう連絡を済ませており、俺は家のソファに我が物顔をしてくつろぐ三毛猫を横目に見た。

 手当を終えてからソファから一歩も動かないのだ。

 俺が風呂から上がっても、夕飯を食べていても頑として動かない。


「おい、俺は寝るぞ。明日になったら、お前は飼い主のところへ戻れよ」


 一応声をかけてみる。三毛猫はタイミングよく「な~ん」と鳴いて、ソファの真ん中でのっそりと丸まった。

 俺はふうッとため息をついて、自室のベッドに倒れこみすぐさま眠りについた。

 目が覚めると、閉じた瞼からわかるくらいの明るい光が部屋に差し込んでいた。もう朝かと体を起こそうとすると、体に何か重いものが乗っかっていた。


「なっ……」


 猫の耳としっぽのついた、少年が俺の上に丸くなって寝そべっていた。

 それも、一糸まとわぬ姿で。


「??????」


 状況が理解できず、叫ぶことすらできなかった。

 すると、俺が体を起こしたわずかな動きに反応し、それはムクりと顔を上げた。それの足には小さなガーゼが当てられている。昨夜であった三毛猫と同じような位置だった。


「おまえ」


 やや舌っ足らずな口調で話しかけられる。俺は動揺を隠しながら、「な、なんだ」とやや震える声で答えた。――それ以前に、裸なのが一番気になる。


「きのうは、拾ってくれてありがとう」


 しかし、それは何も気にしていないと言ったふうにそう続けた。

 俺は絶句した。昨日拾ったのは、教室で落とした消しゴムくらいか、足もとにすり寄ってきた三毛猫くらいだ。よく見れば、この少年の首には鈴のついた黒い首輪が付けられている。


「……三毛猫?」

「そう、だよ」


 ぼんやりとした顔つきで、ぼんやりとしたふうにそれは答えた。

 俺はとりあえず、ベッドから下りてそれから距離を取り、箪笥に入っていた衣服をそれに投げつけた。それはぽかんとしたふうに衣服を見ていた。


「とりあえず、それを着ろ」


 なるべくサイズの調整がしやすい腰ひも付きのジャージと、パーカー。それは衣服の着方を知っていたようで、のそのそとパーカーに袖を通した。やはり、俺のサイズだとオーバーサイズだったらしくジャージのズボンもパーカーもぶかぶかだった。しかし、それは気にしていないようだ。ズボンの裾を引きずっている。

 

「あぁ、もう。いったんそこに座れ」

「ここ?」

「ああ。裾はまくらないと転ぶぞ」


 ベッドに座ったそれのズボンの裾を数回折って、俺はため息をついた。

 しかし、それはまごうことなき人間ではない。可哀そうなくらい細く骨が浮いた色白な少年に見えても、動く耳としっぽが生えているのだ。

 俺はダメもとで、美津さんに連絡してみる。チャットで「なら、いつでもきてくださいと」返信が来た。すると、それは昨日の三毛猫と同じようにスマートフォンを警戒しているように腰を浮かせた。

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