第五話
「ぎゃあああああああああああああ‼」
碧衣は
そして、そのどこからともなく表れた女は、碧衣の声量に驚いたのが肩をびくりと揺らした。
「ひいっ……! な、なんですの⁉ あなたたち」
「あぁ、ユーレイがしゃべった!」
碧衣の驚きに拍車をかけるように、幽霊らしき女は話した。――いや、そもそも碧衣に話しかけた時に話してたけどな。しかし、俺も初めて幽霊と遭遇するなんていう体験に動揺が隠せないでいた。
「トーリくん落ち着いてください。彼女に害意はありませんから、ね?」
「みーたん、平気なの? だってユーレイだよ?」
「平気です」
それでも、美津さんは一人平静であった。やはり、俺たちが日常を送っている中では、なかなか出会えないようなものを接してきたからであろうか。しかし、全く持って驚きを見せなかったところは、慣れなんだろうなとしか思うほかなかった。俺はおずおずと碧衣に話しかける美津さんに視線をやる。
「あの、探し物をしているんですよね」
「えぇ、そうでしてよ。あなた方は、いったいなんですの、叫んだりして」
美津さんの問いかけにうなずきつつも、その幽霊はお嬢様のような口調で俺たちをキッと睨み付けた。とはいえ、叫んだのは碧衣だけだが、
「ごめんなさい、声をかけられて驚いただけなんです」
「そ、そうなの、いきなり話しかけた
ラ。貴方たちは?」
「あ、えーっと、私は
幽霊らしき女性はレイラと名乗った。名前を聞かれた美津さんは苗字は答えず、ファーストネームのみを名乗る。それに何らかの意味があったのかは知らないが、レイラさんはそれを特に気にせず「ふーん」と相槌を打った。
しかし、その様子はしばらくすると鬼のような形相へと変わった。
「おい、どうしたんだ……」
その異変に俺が声をかけると、レイラさんはカッと見開いた眼でどこかを見つめていた。その瞳に光はなく、焦点が定かではない。顔色もどこか陶器のような無機質さを感じられるものへと変化していく。
「あぁ、もうお茶会が始まってしまいますわ。あれがなければ、あれがなければ、お
父様もお母様も悲しまれてしまう……。あぁ、なんてこと」
酷く取り乱したレイラさんは頭を抱え、つかつかと靴音を高く鳴らしながら廊下の闇の濃い方へと去ってしまった。ふらふらとさまようように。それでも、あの妄執のように低く、こびりつくような声が離れない。「あれはどこにあるの」と、今にも泣き、呻くような声が、いまだ廊下の奥から聞こえてくる。
すると、美津さんに手をひかれた。
「今は、二人とも引き返しましょう。引き込まれるのは得策ではないと思うので」
「あ、あぁ、そうだな……。碧衣、お前も震えてないで学校から出るぞ」
昨日に続き、今日もあの喫茶店へ足を運ぶことになった。
昨日とはメンツが違って、桜川先輩ではなく碧衣だが。
「はぁ~、怖かった。あれで普通に話せてたみーたん、マジツヨ~……」
「当然ですよね、霙ですから。はい、お茶どうぞ、サービスです」
「ありがとうございまっ、えっ……?」
聞きなれない声に、お盆を持ってきた人の顔を見上げる。その見た目に碧衣は驚きとも取れるような表情を浮かべ、硬直した。実際、昨日俺はコロポックルを見たから驚きはしなかったが、やはり違和感を覚えた。
顔や体つき、背丈もほとんど人間とは同じだった。その男は黒髪の中にまばらな金髪をちらつかせ、口からは鋭い刃がのぞいていた。そこまではまぁ、ちょっとやばそうとしか思えないレベルである。問題は、それに尖ったふさふさの耳と、毛深い尻尾が生えていたことだった。
「あれっ、トマリさん? あっ、トマリさん、トマリさんの仕事は二十一時の営業か
らです!」
厨房に引っ込んでいた美津さんが、カウンター席の方へ飛び出してくる。コロポックルの双子に俺たちが現れた時と同じような反応だった。
「あり? ごめん、霙。反省します」
ペチンと手のひらを合わせ、ごめんねと言うその犬耳男は、怒られているにもかかわらず尻尾は嬉しそうに揺れていた。しかし、何も知らない碧衣は情報過多らしくぽかんと口を開けている。
「ん? えーと、みーたん、どういうこと?」
「え? あ、えーと、彼はトマリさんです。夜間営業のときに、遊びに来たり、気ま
ぐれで手伝ってくれます。あぁ、やっぱり見えるんですね」
美津さんは嘆くように顔を掌で覆った。やっぱり、と言った彼女の言葉に俺たちはそろって首を傾げた。
「やっぱりって?」
「トーリくんたちは、今日、校舎で
彼も見えるようになったのかと……」
「え、じゃあ、今みーたんの隣にいるのは、妖怪さんってこと?」
「……えぇ、そうですね。多分、はっきりと認知してしまったからなのかと」
美津さんは気まずそうに目を伏せた。しかし、彼女が伝えようとしていることの意図がよくわからなかった。――経験者としての意見なのだろうが。
「あの、軽蔑しますか? この喫茶店はそういうものも集まるので。それに、私はそ
ういうものと関わっているので……」
美津さんは悲しげな表情を浮かべる。やはり、彼女にとってこの喫茶店に不思議なものが集うという事実は、あまり知られたくはない事なのだろう。俺は、それでも彼女が分け隔てなく接してくれたことをありがたいと思う。だからこそ、俺が彼女を軽蔑する理由はない。しかし、この問いに俺は答えるべきじゃないだろう。
すると、思ったより早く碧衣は満面の笑みを浮かべた。
「全然そんなことないよ。むしろ、カッケーじゃん! 特別って感じで」
「あ、えっと、……ふふ、ありがとうございます」
なんというか、問題なかったらしい。碧衣は目をキラキラ輝かせ、ヒーローにあこがれる少年のような眼をして言っていた。美津さんはそれに安心したように俺たちを見て、微笑んだ。
「隠岐君も、ありがとうございます」
「ん。つーか、俺に礼はいらないんじゃ……」
「ふふ、言いたかっただけです」
なぜかお礼を言ってきた美津さんは力の抜けたような笑みを浮かべた。校舎探索を行き、その上レイラさんにも会ったのだ。張りつめていた表情にも納得がいく。俺は端的に「そうか」と答えて、受け取った紅茶をすすった。
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