第四話
翌日――、学校へ登校して自分の席に腰かけた。俺が登校していた時間帯は、他の生徒たちより早かったのか、今の教室は静かだ。俺はやることもなく、スマートフォンをいじって、SNSを眺めていた。すると、両肩をたたかれた。
「わっ‼」
大きな声でそう言われ、耳がキーンとなった。俺は、けらけらと笑いだしたその声の正体の方を見た。それは目がちかちかするような容姿をしていた。昨日黒板の前で自己紹介した時も目に入ったやつだ。
派手な蛍光ピンクの髪の毛に、ゴテゴテしたたくさんのピアス。近くで見れば、手には派手なネイルが付けられ、だらりと垂れたベルトの余りは髪の毛と同じ蛍光ピンクの――男だった。
「おはよー、オキクン。ほー、近くで見れば副会長レベルの男前ですなー!」
じっと、俺に顔を近づけて上から下までなめまわすように俺を見ている。俺はぐっと身を引き、離れてくれと小声で言った。
「あ、オレ、
「あ、あぁ……」
「あれー、オキクン、テンション低いねえ?」
目元でピースサインをしたまま、その派手な男――碧衣が言った。よく見たら、目の色が
俺は碧衣のテンションについていけず、どうしたものかと悩んでいると、まだ俺たちしか来ていない教室のドアが開いた。
「あれ、隠岐くん、トーリくん、おはようございます」
三番目にこの教室に登校してきたのは、ありがたいことに美津さんだった。「二人とも早いですね」と言って、俺たちに近づいてくる姿はポメラニアンのようだ。すると、碧衣がニカッと笑った。
「みーたんも、おはよー。今日は、ケーパイセンと一緒じゃねえの?」
「今日は、なんか職員室に用があるみたいで、途中で別れて来たんです」
「ほー、人気者の副会長は大変だねー」
鞄の中身から教科書やら必要なものを出しながら、美津さんは碧衣の会話にこたえている。すると、碧衣は美津さんの前の席に腰を落ち着かせた。俺たちの方を律義に向き、なぜか嬉々としている。
「そーだ、二人とも最近さ、学校でユーレイが出てるんだってー」
「は、ユーレイ……?」
「そーそー、オキクンそういうの怖いクチ?」
俺の反応がそう見えたのか、碧衣は「こえーの?」と首を傾げた。俺は否定するべく、「怖くない」と首を振った。実際、ホラー映画を見ても大きな音にびっくりするくらいで、怖くはないのだ。それに、幽霊は人間よりよっぽどマシな気もするし。美津さんも大して怖くはないのか、碧衣の話を聞く体勢に入っている。
すると、碧衣も少し楽しくなってきたのか、ピンクの派手な髪の毛を耳に掛け意気揚々と話し出す。
「なんか、オレの友達の話なんだけどねー、忘れ物を夕方に取りに来たらしいんよ」
「ベタだな……」
「もうっ、そういうのは口出さないでよ!」
学校の怪談らしい始まりに口を挟むと、碧衣はむっと頬を膨らませた。それを「まぁまぁ」と美津さんがなだめる。すると、碧衣はとりあえず落ち着いたのか、「口を挟まないでね」と忠告し再び話を始めた。
「夕方だから、今の季節じゃ結構暗いんだよね。んで、その友達はすぐに忘れ物を取
りに行ったんだって。んーと、行きは問題なかったんだけど、帰りに廊下で肩を叩
かれたんだって、トントンって。……でも、その友達は一人で来てたの。だからお
かしいって思うじゃん?」
「そこで幽霊らしきものに出会ったと……」
質問する美津さんに「正解!」とはじける笑顔でそう言った。
「で、そのユーレイは、その友達に迫って言ったんだって。……なんて言ったんだっ
け? なんちゃらクリームはないかぁ、的な? で、友達は怖くなってダッシュで
帰ったって。お・し・ま・い☆」
パチンと、ウィンクをして碧衣は話を締めた。
ただ、どうにも締まらない。
「いや、大事なところを覚えてなくてどうすんだよ」
「えぇ~、だって覚えてないんだもん。でも、クリームってなんだろね? ハンドク
リームとか保湿クリームとか、ヘアクリームとかかな? 女子は気にすんじゃん、
そーいう見た目に関することって」
ハンドクリームやヘアクリームに未練がある幽霊などあまり怖さを感じない。しかし、そんなものを探す幽霊に遭遇はしたくないような気がする。俺はどうにも締まらない気持ちでため息をついた。美津さんに視線を向けると、彼女も難しそうな表情を浮かべていた。すると、碧衣は名案だと言わんばかりに表情を輝かせた。――絶対ロクなことにならない。
そして、それは見事に的中した。
「つーわけで、気になるからオレとオキクンと、みーたんで一緒にそのユーレイ探そ
うよ! 今日!」
「はぁ?」
「ほら、オキクンとの親睦も込めてさっ?」
いいことを思いついたと言わんばかりの表情に疲れを覚えた。
「わ、私もですか?」
「そっ。みーたんも、一緒に肝試ししよー?」
碧衣の誘いに、美津さんは「別に構いませんけど……」と少しためらったように言った。すると、次に俺に矛先が向く。しかし、美津さんと碧衣を二人きりにさせるっていうのはどうにも気に入らない。――なんでだか、よくわからないが。
そんなわけで俺は、碧衣の誘いに乗ってしまったのだ。
「わ、やべー。ほんとに暗いねー」
時は過ぎ、放課後。というにも、午後五時半だ。
もう薄暗く、碧衣のスマートフォンのライトを頼りにして歩いていた。今のところ何も出てくる気配はなく、やけに静かな廊下だ。
「ユーレイ、出てくるかなー?」
「何もないのが一番だろ。実際、下校時間も差し迫ってきてるし」
この学校の下校時刻は一応六時までだ。あと三十分しか残っていないのに、厄介ごとが起きてほしくはないものだ。俺は眉を寄せ、それでも若干愉しそうな碧衣に呆れを隠せないでいた。
すると、碧衣は美津さんの方を見る。
「みーたんは、ユーレイ怖い系?」
「私は、特に怖くはない、と思います」
「ほうほう、なら、心づえーね」
フクロウのような相槌を打っている碧衣の肩に、揺らめく淡い炎のような淡いものが現れる。それはだんだんと人の姿をなしていき、碧衣の肩を叩いた。
「んー? なになに、オキクン、こえーの?」
「いや、今のは俺じゃない」
「ねぇ、どこにあるの……」
鈴のような女の声、それでやっと碧衣は振り向いた。
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