第三話

 喫茶店を後にし、俺はなぜか桜川先輩と一緒歩いていた。どうやら、自宅の方向が同じだとか。だから、道が分かれるところまで一緒に行こうというふうに彼に提案されたのだ。


「アンタ、あんなに人に構われるのが嫌いなら、いっそ突き放した方が楽よ」


 今まで無口だった先輩が、急に口を開く。俺は桜川先輩の方へゆっくりと視線をやり、そうですねと頷いた。しかし、彼はそれに納得がいかなかったのか眉を寄せた。こんなに険しい顔は、美津さんがいる前ではしなかった。ある程度彼女を気遣ってのことなんだろうけれど―――。

 

「そこそこの美丈夫だから、余計にたかられるのよ」

「それは違うと思いますけど、……余計な問題は起こしたくないんで」


 そう答えると彼は、フンッと鼻息をつき腕を組んだ。


「知らないうちに、悪い方に流されるのがオチよ、その発言は」


 彼の言葉に俺はうつむいた。出会ってすぐにここまで刺々しい言葉を向けてくるのは、彼がそういう体験をしたからだということなのだろうか。俺の知りえないことゆえに、深く踏み込む気にはなれなかった。

 すると彼は勢いよく振り向いた。


「その割に、あの子を拒まないのは理由があるのかしら?」

「は?」

「アンタ転校生でしょ? 初対面の相手に人見知りするあの子が、簡単にお昼に誘っ

 たりしないと思うの」


 不敵な笑みを浮かべる桜川先輩は、長いまつ毛が陽光に反射し、まるで凛と舞台に立つ俳優のようだった。その姿に見覚えがあるが、今はそれどころではない。そして彼は「まぁ、アンタがフレンドリーに話せるんだったら結論は別よ?」と、皮肉にも思えるような言葉をつづけた。

 たしかに、先輩の言うとおり俺はフレンドリーな人間ではない。何と答えようか、単純にそう悩んでいると彼は呆れたようにため息をついた。


「はぁ~……、まぁ、見れば予測はつくから答えなくてもいいわァ。それよりも、あ

 の喫茶店のことは、あんまり口外しないで頂戴ね」

「口外って……、不思議な存在が来る云々っていう話ですか」


 そうそれと、彼は頷いた。コロポックルが現れた時、美津さんの焦りようは尋常じゃなかったし、あまり知れてはよくない事情なのだろう。


「あの子はアタシやアンタに話しても大丈夫だと思ってるから白状してくれたんだろ

 うけれど、他の人たちにとっちゃ、好奇の的になりかねないの」

「UFOとか未確認生物の扱いみたいにですか?」

「まぁ、そんなとこよね。だから、口止めを推奨するわ」


 彼はにんまりと笑みを浮かべ、シィッと自分の唇に人差し指をあてがった。案外お茶目な人らしい。時折見せる威圧らしい雰囲気は苦手だが、こういう愛嬌も含めて彼らしさを見せているのだろう。すると、桜川先輩がいたずらに笑った。


「あら、アタシの美しさに惚れちゃったかしら?」


 くねくねとした動きで、よりオネエらしさが増した。俺は「それはないので、安心してください」と、愛想笑いを浮かべて彼と帰路を分かれた。

 俺の背中に向けて、彼の反論が聞こえたが聞こえないふりをして帰り路を急ぐ。

 それにしても、転校初日、始業式、進級初日という盛沢山の中で、巡り会わせた先輩があの人だとはだれも思うまい。それに、彼は美津さんの言うところ、生徒会の副会長で、勉強もスポーツもできる人なのだとか。


「……ただいま」


 今日会ったことを思い出しながら、家の玄関の扉を開く。

 しかし、父は当然のように帰ってはいなく、カーテンも締まった家の中は暗かった。これが当然だと思い知ると、さっきまでの美津さんや先輩との時間がひどく貴重であるのだと思った。今から見慣れない街を散歩しようにも気は向かないし、夕飯を作るには時間も早い。

 俺は後頭部を乱雑に掻き、自室へ向かう。扉を開け、ボフッとベットに倒れこんだ。


「はぁあ~……」


 いつもならすぐに眠くなってくるのに、妙な虚無感に包まれてどうにも寝付けそうにない。――昼寝もできないかと思いながら、瞼を閉じようとする。すると、途端にスマートフォンの着信音が鳴った。某無料チャットアプリのものだった。広告かと無視しようとしたが、目に入った名前にハッとする。

 何を今更と言うような気分になり、電源を落とそうとするとピコンと再び着信音が鳴る。それは今の気分で、あまり見たくなかった名前だ。


『新居はどう?』

『ちゃんとご飯食べてる?』


 面と合わせてその人は俺にそんなことを言ったことはない。もう父と離婚して、俺のことなんてほとんど気にも留めていなかったくせに。――七崎都、それが彼女の名前だった。元女優で、今では何をしているかわからない。

 昔から俺の扱いがよい方ではなかったし、転勤を繰り返す父との仲は良くもなかった。――悪い方に寄ってたけどな。

 俺は「それなりにやってる」と、曖昧に答え、枕に顔をうずめた。


 いつの間にか、本当に眠ってしまったらしい。

 時間は夜の八時。熟睡をしていたせいか、外はもう暗い。でも、父親はまだ仕事のようで、いつの間にか「先に夕飯を食べていてくれ」とメールが来ていた。

 ――また、だ。

 もやもやと心が煙るようだった。転校は慣れた。でも、毎日帰ってこない人間を待つのは、いつも途中から白々しくなってくる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る