第二話

 昨日と同じ喫茶店に通され、俺は桜川先輩の前に座っていた。いや、俺が座った後に彼が俺の向かいに座ってきただけだ。

 どうやら、美津さんは着替えに戻ったらしい。そもそも、この喫茶店は美津さんが切り盛りをしているらしい。どうやら彼女の祖母が営んでいたものを、彼女が継いだのだと聞いた。


「ごめんなさい、隠岐君、京くんも。食べたいのは決まったかな?」

「んー、じゃあ日替わりランチセット二人分ね」


 店の奥から出てきた美津さんに素早く注文する桜川先輩。俺の意見も聞かず、注文を終えた後に「同じのでいいわよね」と聞いてくる。美津さんは申し訳なさそうに眉を下げ、「かしこまりました」と厨房の方へと駆けて行った。美津さんは制服ではなく、この喫茶店のウェイトレス服に身を包んでいた。きっちりしたものではなく、柔らかな印象を覚える童話の女の子のお洋服みたいなものに。

 すると、視線を感じた。


「おみず、どうぞ」

「どーぞ」


 桜川先輩の声ではない、子供のような声だ。

 しかし、いくら見回しても誰もいない。


「こっち、こっち、きみのおてもと」

「きみのおてもと」


 俺は桜川先輩と目を合わせ、同じようにテーブルの方へと視線を下ろした。そこには、グラスを二つテーブルに置いた小さい何かが二匹いた。自分の体くらいの大きさの、水の入ったグラスをテーブルに置いてニコニコ誇らしげにしている。子供みたいな顔で、人型のそれ。

 桜川先輩もよくわかっていないのか、ポカンとしている。すると、厨房からバタバタと美津さんが出てきた。


「ロコちゃん、トコちゃん、なにしているんですかっ」


 彼女の視線の先にはこの小さな何かが。

 

「でも、ふたりみえるよー」

「ふたりみえるよ」


 美津さんに向けて小さな何かは俺たちに指をさす。

 すると、美津さんは戸惑ったように、表情を百面相させる。


「みっちゃん、この子達は何? やけに小さいけれど」


 桜川先輩が俺が聞けずにいたことを代弁してくれる。すると彼女は小さな二匹を両手に載せて、どうしたものかと悩むように眉を寄せた。しかし、小さな二匹はそんな彼女の葛藤かっとうを気にもせず、ずいぶんと愉快そうに俺たちを見ている。


「えーと、この子達は双子のコロポックルなんです。群青色の髪の毛がロコちゃん 

 で、桃色の髪の毛の方がトコちゃん」

「ぼくがロコ、かわいいでしょ?」

「ぼくがトコ、あいらしいでしょ?」


 うふふぅ、と美津さんの手から顔を出し、満面の笑みを浮かべるコロッポックル。――いや、そもそも、なぜ現代日本にコロポックルなんぞという代物がいる。それが顔に出ていたのか、美津さんが口を開いた。


「この喫茶店には、人以外のお客さんも来るんです。京くんには一度話したことはあ

 りますけど、対面するのは初めてですね。この双子は、私が保護しただけで居候さ

 んなんですけどね……」

「まぁ、小さいころから聞いてたけど、ホントだったのね……」


 桜川先輩はそう言いながら、もたもたとテーブルに再び降りてきたコロポックルの頬をつついている。ムチムチとした今にもはち切れんばかりのコロポックルの頬が、彼にとってとても魅惑的なものに見えたのだろう。

 美津さんもここまでくれば仕方がないと思ったのか、厨房の方へ戻っていった。


「先輩は、昔から美津さんの知り合いなんですか」

「ん? えぇ、幼馴染っていうのかしら? ここに不思議なお客様がくるって言うの   

 は昔から聞いてたけど、信じてなかったのよねェ。……びっくりよぉ」


「うふふ、そうでしょ」

「そうでしょ、みぞれはいだいなの」


 会話を聞いていたコロポックル兄弟は胸を張り、えっへんと美津さんがいかに偉大か語りだそうとする。会話のつながりが突然切れた気もするが、タイミングよく美津さんが現れた。


「日替わりランチセット、お待たせいたしました」

「あ、おう」

「ありがとう、今日はオムライスなのね」


 畏まった風の口調の美津さんが持ってきたのは、キラキラと卵が黄金に輝くオムライスだった。ソースは昔ながらのトマトソースで、コンソメスープとサラダが付いてきている。――おいしそうだ。

 

「えっと、じゃあ、いただきます……」

「アタシも、いただきます」


 手を合わせてそう言うと、彼女は「どうぞ」と笑みを浮かべながら言った。

 俺はスプーンを手に取り、一口ぶんのオムライスを掬う。中身のチキンライスは具がごろごろと入っていて、空腹をそそるにおいがした。

 俺も桜川先輩も、大きな一口でそれを口に運んだ。となとソースの酸味がアクセントになって、ふわりと口の中に確かな満足感が広がった。卵はふわふわで、少し甘みを感じる。――誰かに作ってもらったご飯を食べるのはいつぶりだろうか。


「美味しい……」

「わぁ、それはよかったです。隠岐君の口に合って」

「……え」


 思わず声に出ていたらしい。

 俺はにこにこと嬉しそうにしている美津さんから視線をそらし、何でもないと食事に戻る。それにしても、食事をまともにおいしいと思えるのもひさしぶりだ。サラダもスープも、食べやすいように味付けされていて、誰にでも愛されるような味だ。


「それにしても、みっちゃんの料理はおいしいわねぇ」

「ありがとう、今日はまだお店開かないしまだゆっくりしていってね」

「えぇ、そのつもりよ」

「隠岐君も、ゆっくり食べて行ってください」

「……あぁ、ありがとう」


 ほとんど初対面の女子に礼を言うなんて、なんだか照れ臭かった。

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