第一話

 新しい転校先の制服に身を包み、俺は県立千ヶ崎高等学校の職員室にいた。目の前には俺に教科書を手渡す女性の吉田先生という人。どうやら、俺が所属することになる二年C組の担任教諭らしい。


「じゃあ、隠岐君。ホームルームが始まるから行きましょうか」

「あ、はい」

「隠岐君、後必要そうなものとかわからないことがあれば隣の席の人に聞いてね」


 吉田先生はふうとため息をつき、生徒名簿に目をやる。見た目はおそらく自分の父より若いくらいだろうか、三十代半ばに見える。どうにも覇気がなく、疲れているように見える。職員室を出ると、朝――生徒たちがまだ登校している時間なのか廊下にたくさんの生徒がいた。騒がしくてしようがない。それに、転校生が珍しいのか俺への視線が痛い。

 しかし、先生も俺も大して気にも留めず目的地までまっすぐ進んでいく。二年生のフロアは職員室のあるフロアと同じ階らしい。しばらくすると、吉田先生に案内され二年C組の教室までたどり着く。


「ここが隠岐君の教室よ、入って」


 顎で入るように促され、俺は教室の扉をくぐる。

 ぴたりと教室の雰囲気が変わった。見ない顔が来たのだから当然だ。すると、先生はざわざわと再びにぎやかさを取り戻した教室に一喝を入れる。


「ホームルームの時間だから、みんな席につきなさい」

 

 そう呼びかけられた生徒たちは口々に返事をする。


「ふぅ、じゃあ転校生の紹介から始めます。隠岐君は黒板に名前書いて、軽く自己紹

 介して頂戴」

「はい……」


 淡々と指示され、俺は頷いた。

 そして、チョークを取り、黒板に名前を書く。面倒くさいうえに、転校するたびに似たようなことを繰り返すので今更な気もしてくる。


隠岐おき左京さきょうです。親の仕事の都合で転校してきました、よろし

 く……」


 一部女子が沸き立つような声をあげているが、先生はそんな流れを断ち切るように一番端の席を指さした。


「あそこが隠岐君の席。学校の案内は隣の席の人にしてもらってね」

「え、あぁ、はい」


 強制するような口調にただただ返事を返すしかなかった。まぁ、いつ転校するかもわからない学校のことをいちいち気にしてもいられまい。俺は自分の席だという、一番後ろの窓際の席まで歩いていく。特に視力が悪いわけでもないので、ちょうどいい席だ。

 ふと自分の隣の席になるやつに視線を向ける。


「えへへ、隠岐君、昨日ぶりですね」


 椅子に座りながら、じわじわと目を見開く。


「あ、美津、さん……」


 コソコソと話しかけてきたのは、あの喫茶店の美津さんだった。確かに同い年で、学年も高校二年と一緒だということを思い出す。その中でも同じ学年とは偶然だ。


「美津、隠岐君の学校案内をして頂戴ね。じゃあ、連絡事項に入るわよ」


 そう切り上げ、先生は机の縦列順にプリントを配る。

 俺は前の席の奴からプリントを受け取り、ざっと目を通す。年間行事の書かれたプリントやら、親に出すようなものやらが手渡される。春になると一気にたくさんのプリントが手渡されるのは億劫だ。

 学校は今日が出校日だっただけなのか、昼前には終わった。


「ねぇー、隠岐君でこれから暇?」

「俺らとカラオケいかね?」


 そのころには俺の机の周りに人だかりができていた。

 髪を染めた奴が多い気がする。俺は頷く気にもなれず、質問攻めと山のような誘いをBGMに鞄にプリントやら、今日もらった教科書やらを片付けていく。そもそも、隣の席の美津さんが話しかけようにも、話しかけられず捨てられた子犬のような眼をしている。

 すると、教室の扉がけたたましく開いた。


「あらぁ、なんの人だかり? みっちゃん、これからお昼に行かない」


 顔を出したのは一人の男子生徒だった。長身で、金髪、やけに端正な顔立ちの上に化粧をしている。彼は隣の席の美津さんに駆け寄り、つややかな笑みを浮かべる。彼女は笑みを浮かべ、その先輩と会話を始める。

 すると、俺の周りにできていた人だかりが騒がしくなる。 

 どうやら、彼は桜川さくらかわけいといって、三年生の生徒らしい。聞き耳を立てていると、彼の姉がモデルであるということが分かった。確かに、モデルの弟といっても遜色そんしょくないほどの美人だと思う。


「ごめんね、京くん。今日は隣の席の人の、学校の案内があるんだ」

「あら、残念。……隣の席って、この子?」


 彼と視線が合った。彼女に向けていた笑みとは違い、目が笑っていない。すると、彼は俺の手首をつかみ強引に立ち上がらせた。


「なら、アタシも同行してもいいかしら?」


 にこっと、チャーミングに浮かべる笑みの後ろにはまごうことなき圧が隠れている。俺は別に構わないというと、彼は美津さんの手もつかみ「じゃあ、行きましょ」と教室から連れ出された。

 

「わわっ、京くん。歩くの早いよ」

「ふふ、ごめんね、みっちゃん。後は、えーと」

「隠岐、隠岐おき左京さきょうです。転校してきました」

「左京くんねェ。アタシは、桜川さくらかわけい、三年生よ」


 よろしくねと、ウィンクされ握手をされる。強引な先輩だと思っていたが、美津さんがほほえましいものを見るような視線を送られ、変に反抗できなかった。それにしても、初対面の先輩がオネエ口調とは濃い出会いだ。


「それにしても、みっちゃん」

「ん、どうしたの」

「左京くん、アンタの兄貴たちに負けず劣らずの男前ねェ」


 突拍子もなく、桜川先輩が美津さんに詰め寄る。美津さんはよくわからないと言ったふうに首を傾げ、「そうなのかな」といった。そもそも、男前だと褒められる前に彼女に兄がいるのだということに衝撃を受けた。確かに、彼女は末っ子のような間抜けさを感じる部分がある。――そもそも、俺は一人っ子だから兄弟がどんな感じかわからないな。


「あ、みっちゃん、今日お店の方に行ってもいいかしら?」


 学校の案内を終えた桜川先輩が、美津さんに聞く。すると、彼女がこちらを向いた。


「隠岐君も来ませんか? お昼ご飯、まだですし……」

「え、俺?」


 ダメかなと彼女は首をかしげる。俺は少し頬に熱が移動したような感覚を覚える。それに、桜川先輩が彼女の背後でこちらを威圧してきているせいか、断るという選択肢がないように思えてきた。

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