かわいい喫茶店のはなし。
道理伊波
第一章 スコーンとミルクティー
はじまり
今年から高校二年生だ。とはいえ、去年いた学校ではない学校の二年生だ。
俺は片親で、父親は転勤族といったような人間だった。だから、いつも連れまわされる俺は転校を繰り返すことが当たり前となっていた。だから、今回も当たり前で何の感慨も覚えてはいない。前の学校に友達がいたわけでもないし、――そもそも、不愛想な俺に寄り付いてくるような奴はいなかった。
仕方ない。その一言で済ませられるくらい、俺もドライだった。
今回の転校先は小さな町の高校だ。新しい家に向かうまで、父の車の助手席で街をボーっと眺めていても、その小さな町が栄えているようには見えなかった。――なんというか、通りかかった商店街はシャッターが閉まり、出歩く人もそんなにいなかったからに思う。
「左京、ちょっと足りないものを買ってきてくれるか? 父さん、会社の方に行かな
きゃいけないくてな」
苦笑いを浮かべ、俺に五千円札とメモ用紙を渡す父。
罪悪感を感じているなら、頻繁に家を留守にしていないで休むべきではないだろうか。俺はそんなことを口にはせず、「おう」と短く返事をした。父はすでにスーツに着替えていて、「じゃあ、いってきます」と玄関へとバタバタと駆けて行った。
俺はため息をついて、メモ用紙を見つめた。
「……遅くなるのでこれでご飯も食べてね、か……」
まだ大して物のない新居を見回し、俺は空しくなった。
もうすでに荷物の片付けも終わったせいか、暇を持て余してしまいそうだ。俺は財布をもって、父から受け取った五千円札とメモ用紙をしまう。
そして玄関へ向かい、靴箱からスニーカーを取り出した。真っ赤なデニム地のスニーカーを履き、靴箱上の鍵を手に取った。一応戸締りしてなければ、田舎でも空き巣に入られる。――まあ、経験談だ。
「……いってきます」
誰もいない家に空虚な声が響く。
俺は鼻息をつき、家に戸締りをしっかりと掛ける。そして、爪先を地面にたたきつけ、桜の花びらが散る道を歩いていく。この家は二分ほど歩けば、土手沿いに出る。そこに出れば一層きれいな桜並木がある。
俺は少し土手沿いまで急ぎ、駆け足になる。土手沿いまで歩いた後は、商店街まで行かなければならない。それから商店街を抜け、スーパーまで行く。そちらに薬局やら服屋なども密集している。商店街があまり繁盛していないからなのだろうけれど。
俺は少し急ぐ。
少し空模様が悪くなってきている。せめて雨が降りだすまでに買い物を済ませてしまおう。
数十分後、俺はスーパーで買い物を済ませ、商店街を急いでいた。
夕飯は余裕がないから、今日ぐらいコンビニで済ませてしまおう。コンビニなら家から数分のところにあるのだし。
しばらく走ってくると、急ぎで視野が狭まっていたのか何かとぶつかった。
――ドンッと、鈍い音を立ててその衝撃に俺は尻餅をつく。買い物袋から日用品やらが飛び出ているにもかかわらず、無様に地面に手を打ち付けてしまった。
「いってぇ……」
「ご、ごめんなさいっ……! お怪我はありませんか⁉」
呻くと、ぶつかったであろう人の声がした。その人も同じように転んでしまったのか、立ち上がる気配がした。そして、こちらに駆け寄ってくる。
「ごめんなさい、私の不注意です!」
その人は俺に手を差し出し、心配そうに俺の顔を覗き込んだ。さらさらと小豆色の髪の毛が影になった。差し出された手は俺よりも小さく、明らかに非力そうに細い。俺は大丈夫だと顔を上げた。すると、心配そうな視線を俺に注ぐ女の子がいた。おそらく俺と同じような年齢の高校生だろう。
可愛らしい顔立ちをしていた。特段にきれいとかそういうのではない、少し地味な感じの可愛さだ。
「あぁ、大丈夫だ」
「あっ、でも、手に怪我をされています。すぐ近くにお店があるので、手当をさせて
ください」
あわあわと、慌てるその子は俺の手をぐいぐいと引っ張る。
その子はてきぱきと俺の落とした買い物袋の中身を拾い、ごめんなさいと何度も言いながら手渡してくる。俺は礼も言えず、その子に連行されていく。どうにも断る理由が見つからなくて、抵抗できなかったのだ。
少女に連れていかれたのは、本当にすぐそばの喫茶店だった。窓ぶちが蔦のようにデザインされて、扉も昭和レトロな可愛らしいものだった。童話に出てくるような可愛らしい喫茶店。
俺はどうにも自分に似合わない雰囲気に躊躇いながら、そこに足を踏み入れた。
「えっと、お好きな席に座って待っていてください」
「えっ……」
その子はそう言い残してお店の奥へと入っていってしまった。staffと書かれた扉だったため、そこへ踏み込むわけにもいかない。俺は地番入り口に近い椅子へと腰かけ、まいったなとため息をついた。しかし、その子が言ったとおり転んだ拍子についた手は、派手ではないが怪我をしていた。
――別に、家でもこれくらいの手当てできるし……。
しかし、どうにもあの子の申し出を断ることができなかった。
俺は喫茶店の中を見回した。それは外装と同じように暖かく柔らかな印象のあるものだった。カウンター席の端に入は飴玉が入った瓶が三つほど置かれていて、色とりどりだ。それに、照明はステンドグラスの傘をかぶり、様々な色を反射している。椅子やテーブルはシンプルな木製で、椅子のクッションは同じ色でそろえられていた。可愛らしくも、変に無駄がない感じだ。壁掛けの時計はグランドファーザークロックで、本当に童話の世界に迷い込んだような気分だ。
「すみません、救急箱を持ってきました。今すぐ手当てしますね」
「はぁ、ありがとうございま、す?」
「いえいえ、私がぶつかってしまったので、お礼はいりませんよ」
その子は本当に申し訳なさそうに首を振った。ただ、俺の手を手当てするその手際は、必死そうな表情とは違って手際よく淡々としている。
「あ、えーっと、アンタ、名前は」
「えっ、私ですか⁉」
話そうにも何を話したらいいのか、わずかな沈黙に耐えかねてその子に問いかける。その子はおろおろと小動物のように戸惑いつつも、頬を少し赤く染めて云った。
「私は、
その子、御津さんは俺を見ながら首を傾げた。
「あ、俺は
「そうなんですね。私も今年度から二年生なんですよ、偶然ですね」
「あぁ」
パッと表情を綻ばせた美津さんに、そっけなく返事をする。もとからそうなのだが、彼女が怖がったのではないかとハッとする。しかし、御津さんはふふっと笑みを浮かべた。
それから、少し話をした後、俺はその喫茶店を出た。
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