二人は晩御飯を食べ終えると、縁側に出ていた。


武雄のあぐらをかいた足の横にはつまみが、そして片手には缶ビールを持っていた。一方で和哉青年は足を下ろしてぶらぶらと遊ばせていた。


少し酔いがまわってきたのか、ほんの少し武雄の顔が赤く色づいていた。


「何も言わなくてもいいから、父さんの話、聞いてくれるか?」


「うん」


武雄は和哉青年に視線を移すことなく星空を見上げ、語りはじめた。


「五十五年前の夏休みに家族ぐるみでおまえの友達と川にキャンプへ行ったとき、母さんたちはバーベキューの下準備をしていて、父さんたちはテントを張ったり子どもたちと遊んでいた。父さんはトイレに行きたくて、川から離れたんだ。ほんの少しの間だし、他の親たちも一緒だったから大丈夫だと思ってたんだ。でも、それが駄目だったんだ。和哉、ごめん。ごめんじゃ済まされていいことじゃない。俺がもっとしっかりしていれば……。

警察にも電話して、皆んなで探したのに見つからなくて、どれだけ探しても見つからなくて。おまえはきっともう死んでるんだろうなって月日が流れていくうちにそう思うようになった。でも、せめて死体でもなんでもいいから、父さんのところに戻ってきてほしかった……。じゃなきゃ、墓に手を合わせにいけないじゃないか‼︎」


武雄は涙ながらに、ぐいっと缶ビールを一気飲みする。それは、さらに酔いがまわってしまえば胸に広がる苦しみが紛れることを知っていたからである。


「あれから、母さんとは喧嘩けんかが増えて、母さんは家を出て実家に帰って、別居べっきょすることになったよ。父さんも母さんも和哉のことが大好きだから喧嘩けんかになってしまうんだ。別居べっきょは仕方がないとはわかってるんだが、やっぱり、この家にひとりってのは寂しいな」


武雄は涙でぐしゃぐしゃになった顔を袖で乱暴に拭うと、大きく鼻をすすった。


「俺も、父さんと母さんが大好きだよ」


その一言で、救われたような気持ちになったが、和哉青年本人ではない彼にどう伝えればよいのか分からず、武雄は無言で笑みを向けるのみに終わった。


酒の力を借りてではあったが、感情を吐き出せたことで武雄の胸にのしかかった鉛のようなものが少しだけ取り除かれた気がした。武雄はからになった缶ビールを置いて立ち上がる。


「さて……もう寝るか」


武雄は泣き腫らした顔で笑顔をつくり、和哉青年に言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る