「和哉さん、ですね? わかりました。では、僕はなんとお呼びすれば宜しいでしょうか?」


「できれば、でいいので"父さん"って呼んでくれませんか? やっぱり、変、ですよね……」


言ってすぐに武雄は後悔し、目を伏せる。




居候屋といえど、年若い青年なこんなことを頼むなんて……申し訳ない。一体、何をやっているんだ、わたしは……。




「父さんって、呼ばせて下さい」


その言葉に一驚いっきょうし、武雄は顔を上げる。息子の姿が昨日みたばかりのように鮮明に思い出された。


「あぁ、敬語はなしで頼む。あと、和哉は十歳で、自分のことを"俺"って言っていた!」


かつての息子の存在を渇望かつぼうした武雄は、ちゃぶ台に両手をついてやや前のめりになり、思わず早口で要望ようぼうを伝えた。


武雄の瞳に希望が差したように輝いていたことは、武雄自身しるところではないが、武雄の真剣な表情かおの当たりにしていた青年には、おそらく気がついていることだろう。


「わかった、父さん!」


「和哉……‼︎」


武雄の目の前にいるのは見た目の年若い二十代くらいの青年で、どうみても十歳には見えない。


だが、"父さん"と呼ぶ声、笑い方が武雄の記憶の奥にしまわれた本物の和哉の面影おもかげと重なった。それは、武雄の強い想いがそう錯覚さっかくさせたのだろう。武雄の胸のあたりにじんわりと温かいものがこみ上げてくる。それは、胸にぽっかりと空いてしまった穴がふさがるときと似ている。


「和、哉……」


武雄は右肘をちゃぶ台に立て、掌で顔をおおい、唇をきつく結ぶ。目がしらが熱くなり、掌で収まりきらなかった涙がちゃぶ台をらす。


武雄の唇は声を出して泣きたい衝動しょうどうをぐっとこらえるように肩を震わせていた。



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