第6話

 一限『行動心理学概論』

 一般教養の授業で珍しく出席を取る授業だ。

 出席していれば単位はとりあえず取れる。

 逆に言ってしまえば、テストの点がいくら良くても出席が足らないと単位は取れない。

 僕らにとっては意味のない特典だ。

 授業に出席するのは当たり前だ。

 だけど僕と哲はこの授業を選択していた。

 でも中島さんと内藤さんは選択していなかった。

 好みの問題だ。

 中島さんと内藤さんは『臨床心理学概論』という授業を選択している。

 『行動心理学』と『臨床心理学』は似ているようで相容れない物だ。


 「ここに一本の木があります。

 どんな枝振りのどんな木でしょうか?。

 この木は貴方の人間性をあらわしています。」

 これが『臨床心理学』

 僕がイマイチ好きになれないのは『そんな事思ってない』と反論しても『いや、お前は深層心理ではそう思っているんだ』と決めつけられてしまうところだ。

 だからハズレがない。

 いくら僕が「そんな事を全く思っていない」つもりでも「深層心理ではそう思っている」のだ。

 深層心理なんて誰も覗き込めないからこその『深層心理』な訳で、『深層心理ではそう思っているんだ』と言われてしまったら反論する術はない。


 『行動心理学』と言うのは『パブロフの犬』とか『鳩のスキナー箱』など人間や動物の社会行動を学ぶ学問だ。

 似ているようで『行動心理学』と『臨床心理学』は全く別物だ。

 『行動心理学者』と『臨床心理学者』は、どうやらあまり仲が良くないらしい。

 そんな訳で僕は朝から哲と隣合わせて授業を受ける。


 授業の前に哲が僕に絡んでくる。

 

 哲「お前のリードギターはないな。」

 僕「突然何だよ?。」

 哲「お前、エレキギター弾けるか?。」

 僕「だから何なんだよ?。

 弾けねーよ。」

 哲「昨日調べたんだけど、フォーピースバンドでクラシックギター持ってるヤツはだいたいボーカルも兼務だよ。

 つまり、お前がクラシックギターをやりたいなら、同時にボーカルもやらなきゃいけない。

 その場合、お前は内藤さんを押し退けてボーカルの座を手に入れないといけない。

 お前はそうまでしてボーカルがやりたいのか?。」

 僕「お前の言わんとしている事がようやく理解出来た。

 4人中3人がフォーピースバンド向きじゃない・・・って事だな?。

 『フォーピースバンドにクラシックギターは必ずしも必要じゃない。』『フォーピースバンドにキーボードは必ずしも必要ない。』『フォーピースバンドにダンサーは絶対に必要ない。』そう言う事だろ?。」

 哲「ダンサー?。

 誰の事だよ?。」

 僕「お前の事に決まってるじゃねーか。

 お前、ダンス以外に出来る事ってあるのかよ?。」

 哲「俺は4人の中で唯一役割が決まってる人間じゃねーか!。」

 僕「リードタンバリンか?。」

 哲「ドラムだよ!。

 『何にも出来ないヤツ』が割り当てられる楽器だよ!。」

 僕「世の中のドラマーに謝った方が良いと思うぞ。

 そしてお前の話には決定的な『穴』がある。

 『もうバンドをする事が決定している』事だ。

 よく考えろ、何で俺らはボッチなのか?。

 『自己顕示欲』が低いからだ。

 高校時代、学園祭でバンド組んでたヤツらを思い出してみろ。

 アイツらから『自己顕示欲』取り除いてみろ!。

 残るのは気持ち悪い自己陶酔したカラオケみたいな音感ゼロの歌い方だけだぞ。

 その事からもわかるだろう?。

 バンドで必要なものの95%は『自己顕示欲』なんだよ!。

 音楽性とか音感とかそんなもんは全く必要ない。

 僕らにはそれが決定的に欠けているんだ。

 だからバンドはやるべきじゃない。」

 哲「そうかな?。

 バンドやろうとしてるのは俺だけかな?。」

 僕「お前以外にバンドやろうとしてるヤツがいるって言うのか?。」

 哲「お前以外、みんなバンドやろうとしてると思うけどなぁ。」

 僕「後『適材適所』が決定的に間違えてる。

 ギター崩れはベースやるんだよ。

 その理屈で言えば僕はベースだ。

 あとピアノやってた音感があって、器用なヤツはギターやるんだよ。

 4人バンドでキーボードなんて無理だよ。

 中島さんこそギターだね。

 でも、これはみんながバンドやるつもりならの話だよ?。」

 哲「うーん、そっかなぁ。」


 教授「お早うございます。

 では授業を始めます。」

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