第3話

 一年生は一般教養の授業がほとんどで、専門の授業はほとんどない。

 その代わりに英語の授業や第二外国語の授業、そして体育の授業までもがある。

 もう大学が始まってから二週間経っており、早くから仲良くなっていれば選択の授業を一緒にする事も出来たが、二週間経った今さら、さっき知り合いになった哲と同じ授業を受ける訳にはいかない。

 折角、仲良くなった哲とだが体育の授業が同じという訳ではない。

 因みに俺が選択したのがトレーニング。

 哲が選択したのが体操だ。

 哲が体操を選択した理由は僕がトレーニングを選択した理由とおそらく同じだ。

 『一人でも出来そうな運動』

 「はい、二人一組になって」などと言われたら心が折れてしまう。

 「しょうがない。

 この時間は一人で耐えないと。」人間というのは不思議なものだ。

 約18年間、一人でも平気だったクセに友達が出来てたった二時間で、同じ授業を友達と受けれないのを「辛い」と思っている。


 一年間に数回の体育の授業のために体操着を新調したりしない。

 するヤツもいる。

 だがだいたいの人が高校時代に使っていたジャージをそのまま使っていた。

 非常に華やかだ。

 稀に同じジャージでも色違いのジャージの二人がいる。

 「あの二人は同じ高校で、現役で入学した人と一浪して入学した人なんだよ。

 学年毎にジャージの色が違うんだ。」声の方向に振り返る。

 そこにはさっき、教室で話した女の子二人がいる。

 今、僕に教えてくれたのは後から口を挟んできた女の子だ。

 正直、あまりお洒落な印象はなかった。

 基礎化粧はしているかもしれないが、僕にとっては化粧をしているようには見えなかったし、服も上は白いトレーナー、下は引きずるほど長いデニムのスカート・・・『家事に疲れた主婦』という感じだった。

 ジャージに着替え、セミロングの髪を後ろにポニーテールにまとめていると年相応の若さに見える。

 その背中に照れ臭そうに隠れているショートヘアの眼鏡の女の子が、僕が『キャンパスライフとは何ぞや?』と聞いた女の子だろう。

 何というか、先程は少し苛烈なところも見たので、今恥ずかしがっているギャップを僕は『ちょっと可愛い』なんて思ってしまう。


 ポニーテール「あ、何で急に講義室から出てったのよ!?。」

 僕「昼休みの後、体育だったんであんまりゆっくりしてると学食食べてる時間も着替えてる時間も無くなっちゃうからね。」

 ポニーテール「でも聞いてるんだから名乗ってから出ていってよね」

 僕「ごめん、聞かれてるの気付かなかった。」

 咄嗟に嘘をついた。

 本当は名前をきかれてびびっていた。

 どうして良いかわからずに気付いていないフリをして逃げたのだ。

 「名前聞かれたら名前答えりゃ良いじゃん。」そう思える人間はボッチなんてやってない。

 人とまともに話した事もないのに、名前を聞かれた。

 しかも女の子に・・・大事件だ。

 「お前から女の子に話しかけたんだろう?」わかってねーな。

 僕は『男』とか『女』とか狙って話し掛けた訳じゃなく『一番大人しそうで一番無害そうな人に話しかけた』んだ。

 他の人に話し掛けるのは無理だったんだ。

 なのに大人しそうな人は積極的に話すし、話し掛けてない人二人に話し掛けられて、思わず逃げちゃったんだ。

 一杯一杯だったんだ。


 僕「僕は天田準。

 岡山出身で大学のそばで下宿してる。

 趣味は・・・趣味って言って良いかわからないけど、暇な時は父さんの形見のギター弾いてる。」

 ポニーテール「へー。

 ギター弾けるんだ。

 私、趣味は一人カラオケなんだけど私の曲の伴奏してくれない?。

 あ、私は内藤明日香って言うの。

 よろしくね!。」

 僕「伴奏出来るかどうかなんてわかんないよ。

 ギターなんて一人で弾いてただけで、誰かと合わせた事なんてないからね。」

 ショートヘア「私、子供の頃からピアノやってたからキーボード出来ると思うよ!。」

 内藤さんの後ろに隠れていた、ショートヘアの女の子が超小声で、謎の自分の売り込みをした。

 内藤さん「自分でアピールした勇気は買うけど、自己紹介がまだ済んでないわよ。」

 ショートヘア「あぅ・・・。」

 内藤さん「もう一生分の勇気使っちゃったのか、でも名前だけでも天田君に知ってもらおうよ。」

 ショートヘア「中島夏樹・・・です。」


 それからは中島さんは真っ赤になって俯いていた。


 それから僕たち3人は行動を共にした。

 僕の人生で女の子達と行動を共にするのは初めてだ。


 大学の体育の授業は緩い。

 ベンチプレスの機械が並んでいるところで、男達が女の子達に良いところを見せようとしていた。

 大体80キロ、ベンチプレスで上げられると面目が立つ。

 90キロ上げられると、かなり男として誇らしい。

 100キロ上げられるとヒーローだ。


 そんな連中、僕には関係ない。

 僕はそんな力比べしている男達を尻目に、その隣のベンチプレスの機械で110キロを五回上げた。

 僕「やっぱり受験勉強とかで鈍ってた。

 高校時代はベンチプレス、110キロで十回は上げれたんだけど。」

 ビックリしながら内藤さんが僕に言う。

 「すごい・・・。

 何か運動やってたの?」

 「いや、運動は何をやってもダメ。

 だから、ひたすら筋トレばっかりしてた。」僕は素直に答えた。


 「やっぱり運動ダメなんだってよ!。」何故か僕を睨みつけていたヤツが吐き捨てるように言う。

 何でそんなに良い格好したいんだろうか?。

 何で僕に負ける事がそんなに屈辱なんだろうか?。

 僕に負けているところを女の子に見られると人生が終わるんだろうか?。

 僕はこんな場面を何度も見て来た。

 中学で僕が持久走で一位になったとき、僕は呼び出されてリンチされた。

 「良い気になってるなよ?。」と散々言われたが、僕は良い気になった覚えはまるでない。


 僕に喧嘩腰のヤツの周りには同じジャージを着ているヤツらが固まっている。

 付属高校上がりの連中に目を付けられたらしい。


 本当に下らない。

 派閥争いも下らないが、それ以上に付属高校出身の連中が同じ派閥で固まっているのが本当にバカらしい。


 こういう仲間外れの繰り返しで哲は「大学を辞めよう」と思ったんだな。

 そういう連中の思考で見えている部分は「女の子にモテたい」

 男は誰だってモテたい。

 だけどそればっかりで、他人を押し退けてまでモテる事を考えているヤツは逆に憐れみを誘う。



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