第11話 美少女(文庫)作家のスランプ

 葵を送り届けた後、俺はそのまま帰宅した。


 夕食を終えて、再来週に行われる中間テストの勉強に勤しむ。やっと学校に慣れてきたと思ったらコレだ。もう殺意しか湧かないよね。


 すると突然、隣に置いていたスマホからピコンと着信音が鳴る。

 誰かからLINEのメッセージがきたらしい。


 葵か、あるいは同中グループか。

 そういえば、高校に入学したら悲しいほど同中グループは静かになった。……ズッ友だのなんだの言っていたが、結局は他人ってことか。


 嘆息しながら指紋認証をする。

 送ってきたのは——源……じゃなくて菜々だった。


『お父さんが大変。明日ウチに来て。車で迎えに行くから』


 大変……? だったら今すぐ行った方がよくないか?

 まあ、そこには家族の事情があるんだろう。コイツら家族の事情とか末恐ろしいが。


『よろしく、圭』


 名前呼びに慣れきっていないせいか、画面越しだというのに俺は若干の恥ずかしさを感じた。

 気を取り直し、全身白タイツ姿の二頭身オッサンが『OK!』と親指を立てるスタンプを添付した。


  ◇ ◆ ◇


 翌朝。

 我が家の前に、予定通り9時に車の迎えが来たが……運転手は知らない爺さんだった。だが、しっかりとした制服を着ている。制服というより……執事服か?


「あの……どなたですか……?」


「わ……わたすは……ウェヘン! ゲハッ! ……この道60年のカハッ!」


「無理しないでください! すみませんでした!」


 大丈夫か!?

 俺は今にも逝ってしまいそうな老人の背中をさすり、なんとか落ち着かせる。


 すると、後部座席の窓がウィーンと開く。

 菜々が顔を出した。


「圭、行く。お父さんが危ない」


「お、おう。ところでこの爺さん、もしかして執事的な人?」


「うん、セバスちゃん。今年で92歳」


「名前微妙に可愛いな! あとその年齢になったらもう運転やめろよ!」


  ◇ ◆ ◇


 セバスちゃんさんの頼りない運転で源家に到着した。


「ブレーキとカハッ……窓開けるボタン間違えて一時はどうなることかゴハッ……と思いましたよ……それでは行ってらっしゃいまオロロドゲフォッ!」


 どういう間違いだよ……。

 あと最後絶対なんかいけないものを吐いてたよな?


「あ、ありがとうございました……お体に気をつけて」


 俺と菜々はドアの前で彼に一礼する。

 俺は「失礼しまーす」と言いながらドアを開けた。


 ——玄関で、源父が倒れ伏していた。顔面蒼白だ。


「書けない……書けないんだよぉ……」


「か、書けないって……そういう小説がですか……?」


「そうなんだよぉ……エッチい小説って……性欲がないと書けないんだよぉ……」


 ……いわゆる、スランプというやつか。

 ただ、俺にはどうすることもできない。こういう職業の人ってプライドが高いから、素人がヘタなこと言うとめっちゃ怒られそうなんだよな。


「——そこで神谷クン……キミには我が娘とイチャイチャしてもらって……ボクの性欲を搾り出して欲しいんだ……!」


 ……オイ! 自分の娘で性欲出すってどういうことだよ!? 


「圭、お願い。協力して」


「は……? けど……」


 うーん……。イチャイチャすることは構わない……というより大歓迎なんだが、人としてな……いやでも、源家の将来に関わることでもあるしな……。


 つーかよく考えたら凄い責任問題じゃねーかコレ。

 源父の性欲引き出せなかったら、マジで一家を潰しかねないぞ?


「…………わ、分かりました」


  ◇ ◆ ◇


 広々としたリビングで、源父はソファに座り、並んで立つ俺たちに指示を出した。


「まずは序の口。菜々、メイド服を着て神谷クンのへそ下を『私のクリームもこぼれちゃいましたねェ♡』と言いながらいやらしく舐めなさい」


「いきなりクソハードモードじゃねーか! そんな発想できるなら書くのも余裕だろ!」


 ……まったく、どこが序の口だよ……。

 そんなことされたら俺の俺が臨戦態勢に入って物凄く気まずくなるではないか。


「アレぇ? そうかい?」


「わたし、構わない。お父さんのためなら。……あっ、圭。別にお父さんのためじゃなかったら嫌って意味じゃない。安心して」


「少しも安心できねーよ! 他の簡単なのにしてください!」


「フーム……。そうだ! 神谷クンがゆるキャラの着ぐるみを着て菜々の耳たぶをツンツンするのはどうだい!?」


「逆にどこがスランプ脱却のカギになるんだよ!? なにがしたいのかまったくわかんねーよ!」


「それは刺激が足りない……」


 菜々もご不満の様子だ。

 ……俺とは別ベクトルな気もするが。


「どうしたものかねぇ……」


 源父は頭を抱える。

 ここまでつらそうな顔をされると、さすがにこちらも同情せざるを得ない。


「お父さん、そろそろ喉渇く? わたし、お茶持ってくる」


「ああ。ありがとねぇ……」


 菜々は心配そうに父を見ながら、台所へ向かおうとする。


 ——その瞬間。

 菜々は回れ右をしようとして、失敗。

 右足が左足に絡まるという初めて立った赤ちゃんみたいなミスをして、見事にすってんころりん。


 俺は驚いて、転ぶ菜々を抱え込もうとするも、菜々の片足が俺の足を引っかけ、もはやどれが誰の足か分からない状態で二人仲良くその場に倒れ込む。


 それだけならまだよかったものの、どういうワケか、倒れたときの姿勢が完全にアレだった。


 ……大開脚で太ももを上げた、仰向けの菜々。

 ……床ドンスタイルの手だが、置いている場所が床じゃなくて菜々の胸な俺。

 …………やっべ。


「——す……すんばらしぃYEAHHHHHHHH!!」


「!?」


「そうだよぉ……ボクはコレを忘れていたんだよぉ……! 『LUCKY-SUKEBE』! 初心だ! 初心に帰らねばならなかったんだ!」


「さ、さいですか……」


「ああ! 今日はありがとうねぇ神谷クン! 『異世界淫語』を越える名作が作れそうだ!」


「ど、どういたしまして…………って、スマン菜々! 手とかその他、そのままだった!」


 どんな状態で人の話聞いてんだ俺は! 

 いや、話は話でどんな話だって話なんだけども! ヤバい、焦ってるのが自分でも分かる。


 急いで菜々の胸から手を放す。

 彼女は失神間近の狼狽様。荒い息で「だ……大丈夫!」と言う。


「ふぅ……めっちゃ疲れた……」


 思わず声が出てしまった。


  ◇ ◆ ◇


 なぜか昼飯をご一緒した後、帰りは源父が送ってくれた。


「また来るんだよぉ、神谷クン!」


 ヘイヘイ。


 そういえば、この間貰うのをすっかり忘れていたサインも頂戴した。

 転売防止のため、しっかり「神谷杏さんへ」「神谷ママ(絶倫)へ」と書いてある。

 ……( )内の熟語に関してはなんとも言えんが、たぶん喜んでくれることだろう。


 後部座席のドアがウィーンと開く。


「ま……またね!」


 菜々が柄にもない大声で別れの挨拶をする。日差しが眩しくて表情は見れなかった。

 俺も手を振って返したが……気まずい。


 次学校で会ったとき、改めて謝罪しよう。


 ——あと、菜々って着痩せするタイプだった。

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