第12話 空きスペース①「ミルク」
翌朝。
なにも罪はないのに、人々から忌み嫌われることで有名な、月曜日だ。
俺は電車に——一人で乗っていた。
そう、一人。
つまり、ぼっち。
俺はいつも狂ったように自分をぼっちぼっちと連呼して蔑んでいるが、今回はその「いつも」と似て非なる状況にあった。
——葵が、欠席しているのだ。
普段の「ぼっち」とは、あくまで俺と葵の「二人ぼっち」。
しかし、今日の「ぼっち」は……俺オンリーの「一人ぼっち」。
ゆえに現在の俺は、「真性ぼっち」というワケ。
ちなみに葵が休んだ理由だが、今さっきLINEの文面で送られてきた。
『手が滑って盲腸切断したら、なんやかんやでくも膜下出血になっちゃった☆』
……うん。ズル休みですな。
放課後になったら、あえてお見舞いに行くつもりだ。
奴の親御さんにコレを見せ、寿司屋の件の復讐をしてやろうと思う。アイツが消しても大丈夫なようにスクショ済みだ。
とにかく、葵というお荷物のない今日の俺は、煩悩や妄想丸出しのアホみたいな地の文をひたすら垂れ流してしまうという危険性に瀕しながら、一日を過ごさなければならないのだ。
◇ ◆ ◇
そしてやってきた、一時間目の授業。
教室に「なかよし中毒者(オトモダチ・ジャンキーと読む)」の異名を持つ歴史の先生が現れる。
そして、声高らかに言った。
「はーいみなさん! それでは二人組で話し合いましょうッ!」
アアアァァァーーッ!!
悪魔だ! 悪魔がいるぞ!!
——マジで俺……誰と組むんだ……?
あれだけ目の上のタンコブ的に接していたというのに、いざ葵がいないとめっちゃ困ってる俺って……。
いや、そもそもこういう状況になったのはアイツのせいなんだけど。
……待てよ?
そういえば今日って……。
——葵の他に、もう一人欠席者がいたよな……?
後ろから話しかけてくる人間がいなかったから、今日のホームルームは割と真面目に話を聞いていたのだ。
名前までは覚えていないものの、先生が「倉科さんと〇〇さんがお休みですねー」とかなんとか言ってたのは記憶にあるぞ。
俺は教室中を見渡す。
——いた。前の方の席で、ハブられちゃってウズウズしている女子が。
彼女は、デスゲームで負けた瞬間のように絶望的な表情をしている。
分かるぞ、その気持ち。
俺は周りがペアどうしでガヤガヤする中、張り切ってそちらへ向かった。
女子生徒——仮にA子さんとしよう。彼女が、俺の気配に気づいたのかクルッと振り返る。
——A子さんは、意気消沈した。
「オイ、大丈夫かA子さん!?」
俺は寄り添う。息はあるぞ。まだ間に合う!
すると、白目を剥いたまま彼女の口が開く。
「神谷くんに……見つめられた……妊娠……した…………産まッ! 産まれる! 先生保健室行ってきますッ!!」
バッと起き上がると、A子さんはそのまま走り去ってしまった。
…………????
え?? 俺って実は精力の大権現かなにかだったの……?
「あらら……神谷さん、余っちゃいましたか。それでは先生と前で歴史談議を始めましょう!」
俺が呆然としていると、オトモダチ・ジャンキーが曇り一つない笑顔で提案を持ちかける。
当然、断るなんて選択肢はなかった。
◇ ◆ ◇
「——ってことがあってな……」
昼休み、普段は教室で妙な視線を浴びながら葵と弁当を食べているが、今日は珍しく菜々を誘い、屋上を勝手に使って昼食をすることにした。
昨日の謝罪もしっかり済ませて、今は二人で並び、ダベっている。
「それは災難。でも、わたしにとってはあたりまえ」
あ……。
菜々には葵みたいな依存してくる人間すらいないのか。
オールウェイズパーフェクトボッチ。
なんか申し訳ないこと言ったな。
「と、ところで、お父さんの仕事の方はどうだ?」
「うまくいってる。『異世界淫語』、あの有名な『異世界か〇てっと』に加わる」
「いいのか!? それもう
「『盾〇勇者』が出てきた時点で四重奏じゃない。大丈夫」
……たしかに!
いやでも、あのカ〇カワ異世界軍団のど真ん中に美〇女文庫ブチ込むのはさすがにどうかと思うが。
「あと、新作の構想もできたって」
「そ、そうなのか? どんなやつだ……?」
「『ツイッターで知り合ったセフレと会ってみたら実妹だった』」
「それ結構面白そうだなオイ! 本人たちからしたら修羅場どこの話じゃねーけど!」
「でも、お父さん、『スライムおじさま、ゴブリン少年と素敵な一夜を』ってBLを推してる」
それBLジャンルに喧嘩売ってない!?
源父また迷走してんぞ! 大丈夫かよ。
「それでお父さん。脱スランプ祝いで、圭に晩ご飯行かないかって誘ってた」
「俺を? どこに?」
「それが、わたしにもよく」
「マジで? なんの店だったとか覚えてる?」
「お父さんが言うには、お寿司屋さん。五枚分食べるとガチャに挑戦できる」
「うーん……それ、くま寿司じゃないか?」
「わたしもそう思った。けどお父さんが言うには、ネタが超新鮮」
「そうか〜。それならくま寿司じゃないな。100円寿司の魚は死んだ目を超えてもはや目玉なのか汚れたBB弾なのか分からないほど新鮮から離れてるもんな」
「わたしもそう思った。けど、お父さんが言うには、五歳くらいの子供連れだと、お会計のときの本マグロ中トロ率が高い」
「そうか〜。それならくま寿司だな。俺の知人の精神年齢五歳児なJKも本マグロ中トロとちんまいティラミス爆食いしてたもんな」
「わたしもそう思った。けど、オトンが言うには『オトンて!』」
思わずツッコミを入れてしまった。
「いつまで続くんだこの茶番は!」
「牛乳少年」
「全力少年みたいに言うな!」
「牛乳少年……少年の出すミルク……フフフ」
「やめい!」
一頻り笑い合う。
すると、菜々は小さな口でゴニョゴニョとなにか呟いた。
「…………でも、あの女が休み……。いい機会……」
「え?」
「なんでも。後で分かる」
意味深なことを言い放つと、菜々は先に出て行ってしまった。
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