第7話 巻き込まれぼっちと変態ぼっち

 ギリギリで学校に間に合い、俺は意地でも「みんななかよし」を貫く危険思想を持った英語教師の授業を受けた。


 そして、休み時間。


 相も変わらず、俺たちの席に近寄るクラスメイトはいない。つらい。


「だったらもっと色んな奴に絡めよ」と思われるかもしれないが、そう簡単にこの席を離れることもできない。

 ……俺の精神状態が問題なのではなく、物理的に。


 ——葵が後ろから、俺の制服の襟を掴んでいるのだ。

 ガッチリと、ス◯ブラでいうところのガノン◯ロフのように。


「あの……放してくれん?」


「できることならそうしたいんだけど……私たちの固い絆が許さなくて……」


「いやお前が一方的に締めつけてるだけじゃね?」


「…………でも私、ちょっとお手洗い行きたいなぁ……。圭、女子トイレの前で待っててくれない?」


「それを宣言するのは女子的にアリなのか?」


「アリアリ。私たちの仲だしね! 行こっか!」


 葵はそう言うと、襟を掴んだまま、俺を半ば無理矢理連行した。

 渡り廊下を進み、トイレの前で立ち止まる。

 俺に「絶対ここにいてね♡」と念を押してから中に入る。


 ——それを見届けると、俺はトイレの向かい側の壁に持たれかかって下を向いた。


 ……ふぅ。

 最近、アイツの押しがめっちゃ強いんだよなぁ。

 そりゃあ、友達と呼べるようなクラスメイトが俺しかいないのは分かってる。

 分かってるが——ちょっと……怖い。


「——キミ、ぼっち?」


 突然。

 聞き覚えのない声が耳に届いた。アニメキャラのような、透き通る綺麗な萌えボイス。


 ……だがしかし。ここで振り向いたらオシマイだ。

 もしこれに反応したならば、「俺はぼっちである」と肯定することになってしまう。

 そう。きっとこの言葉は、俺に向けてのものじゃない。


 ——トン。

 肩を叩かれた。思いっきり俺に向けてでした。スンマセン。


 渋い顔で声のした方を向くと——そこには少女がいた。

 ……少女といっても、制服とタイの色を見るに俺と同い年なんだろうけど。


 俺の胸辺りまでしかない背。

 髪型はショートボブだ。クリクリな目に、通った鼻筋。そしてキュッと締まった唇。

 これなら小学生でも通用するんじゃないか?


 なんとなく、トロンとした雰囲気を放っている。

「活発」とか「元気」とかの言葉は合わない。「おっとり」が妥当だろう。


「……なにか用か?」


「ぼっち?」


「…………ぼっちじゃないと言えば——嘘になる」


「だよね。ぼっちフェロモンがプンプンした。わたし、みなもと菜々なな。キミは?」


 少女、もとい源は、かなり俺に失礼なことを言い、自己紹介をしてきた。

 それに対し俺は「神谷圭だ」と、特になんの当たり障りもない返事をする。


「神谷、自己紹介クッソおもんない」


「急に辛辣!」


「わたし、なぜかクラスで浮いてる。愛想いいのに。なんで」


「コンマゼロで話変えてきたし……」


「コンマ⁉︎ ……マ◯コ……! ……フフフ」


「急にどうした⁉︎」


 俺がツッコミを入れると、源は「はっ」と、にわかに頬を赤く染める。

 そして、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でボソッと呟く。


「……わたし——下ネタで、過剰反応しちゃう体質……」


 …………?


「と、言いますと?」


「……遺伝。お父さん、美◯女文庫の人気作家。お母さん、快◯天の敏腕編集。お兄ちゃん、汁男優……」


「ヤベー家庭じゃねーか!」


 いや、俺が言えたことじゃないけどな? 

 でも、コイツの場合は別のジャンルでヤバいわ。

 この感じで行くと、お前は将来エロゲ声優になるパターンじゃん!


「でもわたし、家族誇りに思う。お父さん、『異世界に行ったら、魔法の詠唱が全部淫語だった件』の原作者」


「パピーめっちゃ凄い人だった!」


 俺が驚くと、源はこれ以上ないほどのドヤ顔をかました。


 ……しかし、世間は狭いな。

 初日観客動員数25万人の映画の原作者が、まさか同じ学校の女子の父親だったとは。

 源から間接的に「ウチの母と妹にサインください」ってお願いしようかな……。


「——圭ぃぃぃぃぃ……?」


「ひょ⁉︎」


 そうだ、完全に忘れてた! 俺、葵のトイレ待ちだったんだ!


「そのロリ娘……誰……?」


 葵は源をエグいほど見開いた眼球で見つめる。


「……えっと……新しい友だ……ウグッ……!」


 胸ぐらを掴まれた。


「それ以上言ったら『無限おっぱい消しゴム事件』……神谷家の皆さんに言っちゃうよ……?」


「や、やめろ! それだけは!」


 何度も揺さぶられながら、俺は必死に懇願した。

 思い出すだけでも死にたくなる若かりし頃の過ちが、もし家族に知られたら……少なくとも確実に妹との縁が切れるッ……!


「悪い源! 積もる話はまた今度だ!」


「……はっ! また今度……股今度……! ……フフフ」


 お前はお前で懲りねーな!

 つーか源がクラスで浮いてる原因って、絶対それで引かれてるからだよな⁉︎


「圭ぃ……? 積もる話なんてないよねぇ? 散るよねぇ……? ——小学五年生のときぃ……消しゴムにぃ……」


「スミマセンなにもないですッ! ですからどうかその事件は墓まで持って行ってくださいませッ!」

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