第6話 約束の青女女女
早朝から制服姿でお出迎えしてきた葵を前に、俺は一瞬呆然としてしまった。
「……一つだけ聞いてもいいか?」
「いくらでもどうぞ」
「……お前の家の時計、たぶん壊れてるぞ?」
「も〜、そんなワケないじゃん。今日は四月七日、時刻は午前五時八分!」
葵が腕時計とスマホの両方を見比べて言う。
うん、正しいな……。
俺はもう一度質問する。
「じゃあ……なんで……?」
「なんでって、なにが?」
「こんな朝っぱらから人様の家に上がりこもうとする理由だよ!」
「人聞き悪いな〜、私はただ、圭が他の誰かと一緒に登校しないように、家の前で直接待ってるだけだよ〜」
「やめろ怖いわ! つーか、家出るの七時半だからな? 今から家の前で待ってもらっても困るぞ……って、お前朝飯食ったのか⁉︎ ちょっと親に頼まないと……って、まだ起きてねーし……」
「あはは、そんなに焦ることないって」
「誰のせいで焦ってると思ってんだコラァ!」
◇ ◆ ◇
午前六時半。
『いただきまーす』
一階のリビングで、俺たちは一斉に合掌した。
父母に妹、あとは俺。それに加えて、今日は葵が食卓を囲んでいる。
「すみません、ご馳走になっちゃって……!」
葵は申し訳なさそうに言う。
……眉を寄せて上目遣い……。
意外と可愛いな……。コイツには口が裂けても言えないが。
「いいのよいいのよ。恵美子にも、よろしく伝えといてね」
母さんは高校の同級生、もとい葵の母の名前を出して返事をした。
すると、黙り込んでいた妹の杏が父さんに向かって口を開く。
「お父様お父様」
「なんだ我が愛娘よ」
「杏の可愛さに免じて、今日のところはこの『紅蓮に染まった悪魔の果実』を食べてくれませんか……?」
「ああ、いいとも親愛なる愛娘よ。お前にまだ『ブラッディ・カタストロフィ・フルーツ』は早い」
「ハイそこ気持ち悪い会話しない。杏、トマト残すなよ」
「「ごめんなさい……」」
「圭、なんだかお母さんみたいだね」
◇ ◆ ◇
朝食後、自室に戻り、俺は設置されたテレビを眺めながら制服に着替えていた。
葵はそんな俺を、スマホを構えつつまじまじと見つめている。
「へえ……圭って右利きなのに左から袖通すんだね。メモメモ……」
「メモして得あるか……?」
「いずれ役に立つよ。あと圭、ズボンのチャック開いたままだよ」
おっと、圭ジュニアが社会を見据えてしまっていた。
直そうと手を伸ばすと、立て続けに葵が言う。
「私が直すよ」
「……は⁉︎ なんで⁉︎」
「も〜、花嫁修行だって。……もし『させない』って言うんだったら、小学校時代の『無限おっぱい消しゴム事件』のこと広めるよ?」
「やめろその言葉を口に出すな! 急に鬼畜すぎるわ!」
「それはOKって意味?」
ちょっとコイツの意図は読めないけど、「無限おっぱい消しゴム事件」をバラされたら、俺は享年16歳になること間違いなしだ。
「お、おぉけぇ……」
苦渋の決断をすると、俺の下半身に葵の手が近づく。手どころか、その整った顔までもが接近してくるではないか。
理性が、SAN値が……!
——バァン!
扉の開く音と同時に、肩で息をする人影が現れた。
「お、お兄様! まさか童貞をお捨てになるんですか⁉︎」
「あ、杏⁉︎ 違くて、これはだな……」
「『異世界に行ったら、魔法の詠唱が全部淫語だった件』では、お兄様の年で童貞を捨てると冒険者になれなくなってしまうんですよ⁉︎ 『約束の青◯ン』を忘れたんですか⁉︎」
「知らねーよ! まだその映画の話してんのかよ! あとなんだ『約束の青◯ン』って!」
「塔の屋上で白昼堂々と男女が初めてを交わすと、冒険者になれなくなる代わりに二人が必ず結ばれるっていう究極の選択です!」
「マジでクソだなその映画!」
「杏ちゃん、私もその映画観てみたい……!」
「はい、おすすめですよ! 初日観客動員数25万人らしいです!」
どんだけ人気なんだよ「異世界に行ったら、魔法の詠唱が全部淫語だった件」!
日本のアニメ映画史に残るメガヒットじゃねーか!
「あとお二人共」
杏が声のトーンを戻す。
「「ん?」」
「時間、大丈夫ですか?」
置き時計に目をやると……あと10分で八時⁉︎
「「ファァァァァァァ!」」
「つーか杏は大丈夫なのか⁉︎」
「——ファァァァァァァ!」
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