第5話 神谷家のブリーフな日常

 家の前で葵と別れ、自宅のドアに触れる。

 ちゃんと鍵は開いていた。


 ガチャリ、玄関口を覗く。


 ——父さんがブリーフ姿で着替えていた。


「色々とツッコミたいけど、総括してなんでだよ⁉︎」


「いや待つんだ息子よ。俺は決してそんなはしたない行為をしようとしたんじゃない。コレだけは断言できる。……今日はなんとなく、玄関で着替えたい気分だったんだ」


「どういう気分だよ⁉︎ そしてなぜブリーフなんだよ⁉︎」


「お前、ブリーフを甘く見ているな?」


 父さんは俺を一瞥して、ため息をこぼしながら言う。


 顔だけは「まったくこのガキは……」みたいな雰囲気を醸し出している。

 しかし残念ながら、パンイチ姿ゆえに微塵もカッコついていなかった。


「父さんな、実は『下着系秘密結社、ブリー・メイソン』のメンバーなんだ」


「『迷惑系YouT◯ber』みたいに言うな! あと結社名も思いっきりパクリじゃねーか!」


「失礼な。パクリじゃなくてパロディだ」


「なんだよそのクソみたいなプライドは!」


 ……って、こんなところでいつまでも時間を潰している場合じゃないな。

 俺自身、まだ制服のままだし。


 階段を駆け上がり、自室(妹と共用)の扉を開ける。


 ちなみに、神谷家の間取りは「ドラ◯もん」の野比家と大体同じだ。

 今の家を建てる際、父さんが「考えるのダルいんで、適当に野比家か地下要塞でお願いします」とアホな建設希望を申し立てたため、前者になったらしい。

 アホが俺に遺伝しなくて本当によかった。


 部屋に入って、スマホの着信履歴を確認してみる。


 ——葵から30件くらい来ていた。


『明日も学校、楽しみだね!』『圭は担任の先生のことどう思う?』『最近読んだ本ってなに? 私はドストエフスキーの「罪と罰」だよ!』『圭の出生体重の2乗を3で割った数は?』etc、etc……。


「お前UZEEEEEEEEEEEE!」


 なんなの? なにがしたいの……?

 あと「出生体重の2乗を3で割った数」って……それ知ってなにが楽しいんだ……?

 つーか2乗して3で割るくらい自分でやれよ! 微妙に横着すな!


  ◇ ◆ ◇


 その後、タイムライン監視員として数時間勤務すると、下の階から『ただいまー』と声が聞こえてきた。


 母さんと杏が帰ってきたらしい。


 俺はブルーライトに照らされた目の保養も兼ねて、二人を出迎えることにした。

 部屋を出て階段を降りる。


「あ、圭、ただいまー」


「ただいま帰りました、お兄様」


「うぃー」


 杏は敬語で話し、俺のことをお兄様呼びするが、決してそういうラノベ英才教育を受けさせたワケじゃない。


 ……単純に、厨二病。実際の学年も中学二年生だし。

 アニメの敬語妹キャラに顕著な影響を受け、数ヶ月前からこんな話し方をするようになった。


「で、どうだったんだ。その『異世界に行ったら、魔法の詠唱が全部淫語だった件』ってのは」


 すると母さんは、ジワリと目に涙を浮かべる。


「お母さんは半世紀生きてきたけど……あれほど泣ける映画はないわ……!」


「ええ、お母様の言う通りです。特にあの、ヒロインを庇いながら『イマ◯チオ、イマ◯チオ!』と叫ぶシーンは胸が締めつけられました……!」


「そう、そうなのよ! 必死に叫んでるのに、実は『イマ◯チオ』じゃなくて『イラ◯チオ』っていう間違いをして……最終的には……おっと、ネタバレしちゃうところだったわ!」


「いや、そんなクソ映画死んでも観ないからいくらでもネタバレしてくれ。……やっぱしないでくれ。実の母親と妹がそんなことを言う悲しい事実を認めたくない……」


 とまあ、こんな具合に、神谷家のイカレた家族(俺を除く)の平和な午後はすぎていった。


  ◇ ◆ ◇


 翌日、午前五時。


 ——ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン……。


 おびただしい回数インターホンのチャイムが鳴り、俺は目を覚ます。

 パジャマに包まれたまま、自室のドアを開け、一階に降りてドアを開ける。


「一緒に登校しよっ?」


 玄関先には、天使のように、いや、悪魔のように微笑む、制服姿の葵が立っていた。

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