第2話 トモダチデキナイナンデ

 休み時間。


「いやー、じなせん、大成功だったねー!」


 本人評価は高めだった。


「それじゃあ、ちょっくら友達作ってくるから! 圭、色々ありがとね!」


 葵は微妙におぼつかない足取りでトテトテと、近くの女子生徒の元へ駆ける。

 勇気を振り絞り、頬を熟成したリンゴのごとく真っ赤にして、彼女に話しかけた。


「すす、鈴木さん! あ、あのね!」


「く、倉科さん!? えっと……ちょっとごめんね。私お手洗いに……」


「あ、そう……」


 その女子生徒、もとい鈴木さんは教室から脱出した。

 まあ、さっきの自己紹介があるからな……。


 葵は再び、トテトテと近くの女子生徒に駆け寄る。


「たた、田中さん! あ、あのね!」


「く、倉科さん!? えっと……ちょっとごめんね。私お手洗いに……」


 葵、トテトテ。


「なな、中村さん! あ、あのね!」


「く、倉科さん!? えっと……ちょっとごめんね。私お手洗いに……」


 トテトテ。


 トテトテトテトテ。


 ——気づけば、葵を除く、二組のすべての女子がお手洗いに駆け込んでいた。


  ◇ ◆ ◇


「ナンデ……トモダチデキナイナンデ……」


 女子生徒の消えた、休み時間の二組。

 葵は、白目でそんなことを呟いている。

 無論、先ほどの自己紹介が原因だ。


 まあ、俺もちょっとは申し訳なく思っている。

 捻りを加えることを勧めたのも、元はと言えば俺だし。


「……じゃあ、俺が今から『友達の作り方・実践編!』を教えるから。よく見とけよ」


「うん……」


 俺はトテトテと、すぐそこにいた男子グループに近づく。三人編成だ。

 どうやら、ひそひそ話をしているらしい。


「やあやあ諸く……」


 俺が彼らに話しかけると、男子ーズのひそひそ話が聞こえてきた。


「……ってことは、あの神谷って奴もそういうのなのか……!?」


「……いやだって、今のところ倉科と話してんの、神谷だけだぞ……?」


「……マジか……なるべくアイツとは関わらないようにしよ……って、神谷!?」


 彼らは、「すみませんすみません!」とヘコヘコ頭を下げながら、教室の外に逃げていった。


 …………。


 ま、まあ! 「葵の知り合い=ヤバい奴」とか、そういうふうに考えちゃう人もいるよな! 広い世の中には!


 再挑戦、再挑戦。 

 俺はトテトテと、近くの席で本を読んでいた、前髪パッツンメガネ男子くんに近づく。


「よっ! 君は確か、山田く……」


「ごご、ごめんなさい! 僕、そういう宗教は間に合ってるので!」


 鈴木くんは、ペコペコ頭を下げながら、急ぎ足で廊下へ向かう。


 …………。


 ま、まあ、初対面だもんね! 驚いちゃうこともあるよね!


 トテトテ。


 トテトテトテトテ。


  ◇ ◆ ◇


「——ナンデ……トモダチデキナイナンデ……」


 教室の男子、全員に話しかけた。

 しかし、ことごとく逃げられてしまった。

 さっきトイレを覗いたら、二組の男子たちでぎゅうぎゅう詰めになっていた。


 そして今、この教室には、俺と葵だけが残されていた。


 ——つまるところ、ぼっち、感染しちゃいました。


「圭……なんかごめん……」


「…………HAHAHA! あ、安心したまえ。俺はこう見えてもコミュ力ある側の人間ッ! 誤解を解けば友達なんて一瞬でできるさ!」


 俺は自分のメンタルが削がれていくのを誤魔化すため、ややテンション高めに、大声でそう言った。


「じゃあ私は……?」


「知らん(ニッコリ)」


「ええ……」


「いや、だってさ。葵は中学の頃、友達少なかったろ? 元とあんま変わんないじゃん。でも俺は違うんだ。常に友達がいないと無条件で死に至るんだ」


「……圭はマグロかなにかなの?」


「まあな」


 葵は呆れたのか、口を緩めた。


 ——キンコーン、カンコーン。


 そこで、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 トイレからクラスメイトが一斉に出てくる。アリの巣から歩兵アリが出動するみたいに。

 教室に入るが、あくまで俺たちを無視して各々の席に座る。


 葵はそれを眺めると、ため息をついて俺の方を微笑みながら向く。


 ——俺はこのとき、見落としていた。


 ……当時彼女が見せた笑顔は、長い付き合いの俺でも見たことのないような、なんとも言えないものだったということを。

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