第3話 みんなで話し合ってね♡

 二時限目は歴史の授業だ。


 教科担当の先生が声を大にして言った。


「では、近くの人と二人組を作って話し合いましょう!」


 にわかに教室が騒がしくなる。

 同中の顔見知りどうしで組んだり、近くの席に座っている奴と組んでみたり。


 ——うん、オワタ。


 16年の人生で、ここまで教師というものを恨んだ記憶はない。

 ラノベの主人公たちの気持ちがやっと分かったぞ。


 ……ぼっち、つらいですわ。


 小学生じゃねーんだぞ? 話し合いばっかさせてなにが楽しいんだ腐れ教員共は?


 もしかしたら誰か声をかけてくれるのでは? などと淡い期待をしていたが、周囲の人間は、見事に俺たちを避けながらペア候補を探していた。


 ——いや、そんなに葵の自己紹介ヤバかったかね? 

 あとなんであたりまえのように俺もヤバい奴って雰囲気になってんの?

 もうそれ、単純に嫌われてるんじゃねーの? いじめじゃねーの?


 俺は、前を通りかかった男子に「なあ」と声をかけた。

 すると、彼は焦った様子で言う。


「すす、すみません! 僕は浄土真宗を貫く所存ですので!」


 ……いつから俺は変な宗教団体になったんだ……?

 つーか、避けられてる原因ってコレ? 

 めっちゃ尾ビレついてんだけど。尾ビレどころか背ビレも腹ビレも胸ビレもついてんだけど。


 誰だよ、こんな噂広めた奴……。

 ……いや、心当たりがありまくるな。


「あの前髪パッツンメガネ……許すまじッ……!(前話参照)」


 だが、まだクラス全員には伝わっていないかもしれない。

 僅かな期待を持って周りを見てみたが——既に全員がペアを組み終えているようだった。


 ——つまり、俺がペアを組む選択肢は、葵以外に存在しない。


 ふと、俺は後ろの席を見やる。


 葵は、ニッコリと微笑んでいた。


 ……微笑んでいるが、目が全然笑っていない。白目さえも闇に染まっていた。


「圭ぃ、一緒に話し合い、しよぉ……?」


「お、おう」


  ◇ ◆ ◇


 三時限目。

 体育の授業だ。


「女子どうし、男子どうしでペアを作って、体操をしましょう!」


 列挙するとき、「女子」が先にくるのは、やはり体育の先生自身が女性だからなのだろうか。

 まあ、そんなことはめちゃどうでもよくて。


 ——くたばれ、二人組至上主義の教師共!


 俺の脳裏に色濃く浮かぶのは、「絶望」のニ文字。


 ……ニ組の男子の人数、23人。

 ……奇数。

 ……つまり、絶対一人ハブられる。


 女子も17人と奇数ではあるが、それには先生が入るので、葵がぼっちになることはない。

 ……まあ、それでも先生と一緒なんて、精神的に相当キツいだろうけど。


 話を戻す。

 男子の中で一番ハブられる可能性が高いのは……無論俺ですな。


 ……キツい。キツすぎる。


「あの……先生。……ハブられたんですけど……どうすればいいですか……?」とか聞くのか……。

 それで先生に、「それは大変ですねえ! じゃあ、誰かに頼んで三人組を作りましょう!」とか言われるのか……。


 俺は生きた心地がしないまま、トボトボと先生に近寄る。


「あの……先生。……ハブられたんですけど……どうすればいいですか……?」


「あら、余っちゃった? ……じゃあ悪いけど、一人でお願い」


 ……一人⁉︎

 先生、一人って言いました今⁉︎


 一人じゃ不可能な体操だからペア作ってんじゃないんですか⁉︎

 世界は俺を嫌ってるんですか⁉︎


 …………いや、待て待て。よくも考えてみるんだ。

 教師ともあろう者が、その状況を考慮していないはずがない。

 おそらく、一人でも二人でもできる体操を提案してくれるんだろう。


 俺の期待を背に受け、先生は口を開いた。


「では皆さん、馬跳びをやってみましょう!」


 それソロじゃ絶対できねーじゃん!

 一人寂しく自分の膝小僧に手をつけておけと⁉︎ 誰も跳ばないのに⁉︎ 

 忠犬ハチ公じゃねーんだよ俺は!

 

  ◇ ◆ ◇


 帰りのHR。


「それでは皆さん、また明日ー」


 担任の怠惰を極めた挨拶の後、「きりつ、きをつけ、れー」をして、生徒たちはしきりにカバンを背負い始める。


 ——チャンスだ。

 ここで、なんとかして一緒に帰る男友達を作らなければ、俺の青春は灰色に染まってしまうだろう。「灰春」……それはそれでちょっとかっこいい気もするけど。


 ふぅ……と一息つき、俺は近くの男子生徒に声をかける。


「よっ、工藤くん! 一緒に帰らねーか? ちなみに我が家は宗教観ダバダバな日蓮宗だぞ?」


 完璧だ。

 あえて最初に宗派をアピールすることで、決して自分がヤバくないという主張が成り立つ。


「……ちょ、ちょっとごめん……」


「用事があったか?」


「いや……そうじゃなくてさ……」


「……?」


「……背後霊が見えるんだけど……」


 はぁ? 背後霊?


 俺は不審に思い、後ろを振り向く。


「圭ぃぃぃぃ……」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 驚きのあまり腰を抜かし、机の角に尾骶骨を思いっきりぶつけてしまった。


「……って、葵じゃねーか! なんで前髪貞子みたいになってんだよ!」


「私と一緒に……帰ろ……?」


「嫌だ! 俺は工藤くんと帰るんだ……アレ⁉︎ 工藤くんがいない⁉︎」


 教室のドアに、走って逃げる工藤くんの姿が見えた。


「フッフ……効果テキメンだね……! これは世界秩序に則った私の作戦だよっ!」


「なんのだよ……」


「私に友達がいないのに、圭にはいるなんてズルい……だから彼を脅かしてそれを阻止したの!」


「めっちゃお前のワガママじゃねーか! それのどこに世界秩序を感じたんだよ⁉︎」


  ◇ ◆ ◇


 といった具合に——葵はぼっちをこじらせていくのだった。

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