銃火よりも言葉を向けあう素晴らしさ、ただしこっちは銃を向ける

「一度、基地司令の顔を殴ってやりたいところね」


 これは、数日前からジャネットの口癖になっていた。

 なにせ、ここ数日、ジャネットからすれば不可解な指令ばかりが飛んでくる。

 今回の追撃作戦に関してもそうである。


「急な部隊配置変更……反乱軍基地の襲撃はまだしも……」


 もとより、ジャネット少佐はこの任務に関しては乗り気ではなかった。軍人らしくないというよりは、不可解な指示が飛んできたというべきだろうか。

 潜伏している反乱軍を叩く。それは良い。任務内容であるし、何事か、地球が騒がしいとはいえ、周辺宙域の安定を図るのは重要だ。

 惑星ベルベックに反乱軍が潜伏しているというのは、以前、ビュブロスで捕らえた際にわかったこと。これらを追い立てるべく進軍するというのもまだわかる話であった。


「戦闘部隊も、なんだ、あの体たらくは……」


 だが、手元の戦闘部隊ではなく、どこぞからやってきた所属不明、自称は総帥直轄の戦闘部隊という触れ込みで十六人の機動兵器パイロットがやってきたり、その内の一人が怪しげな仮面をつけた男なら不信感も抱く。

 しかも、たった一隻の巡洋艦が出現しただけであの低落だ。

 

 が、やはり一番の疑念は、あの暴露動画だろう。

 海賊を名乗る集団が、ニューバランスのアンフェール大佐の悪事を暴き立てた。それが果たして真実であるかどうかはジャネットにはわからない。ニューバランスが惑星を破壊したなどという話は聞いたこともなかった。

 いや、正確にはアングラの噂程度には耳にしたが、その手の話は大抵が盛られた嘘が殆どである。証拠もない。

 だがあの放送は違う。確固たる証拠というと弱いが、肉声データというのは衝撃が多い。

 しかも、本部はだんまりを決め込む。一般への対応はお約束染みた言い訳のオンパレードで対応しているが、火のついた勢いとも言うべきか、市民からの軍への視線は一気に冷たくなったと思う。

 

「艦長……敵艦からの通信が……交渉を求むと」


 震え声の部下に一喝してやりたい気分を抑えながら、ジャネットはこめかみを抑えながら言った。


「つなぎなさい。それ以外に私たちの選択はないわ」


 彼女は、武闘派ではあるかもしれないが、何が何でも玉砕するべしとは思っていない。今の状況は、至近距離で敵のビームが飛んでくるかもしれないという恐怖が一番強い。

 なんとしても、部下の安全だけは確保するべきだ。

 同時に、ここを切り抜ける必要もある。どこかへと飛んでいった仮面の男の機体の反応はまだ捉えているが、これも回収しないといけない。

 だがまずは、目の前の交渉だ。


『──どうも、お久しぶりというべきかな?』


 画面に現れた男の顔を見ると、ジャネットは思わず舌打ちをしたくなる。

 こちらをこけにした男だ。艦隊の機能不全による進軍の遅れで、自分たちの艦隊は新型テウルギアの奪還や首謀者たちの逮捕を取り逃したし、まんまと逃げられた。

 代わりに、ビュブロスに残っていた駆逐艦を接収し、残った反乱軍メンバーを捕らえることができたのだけは幸いだった。

 だが、司令部からの評価は芳しくない。彼らが、どこから指示を受けているのかはわかっている。背後にいるのはニューバランスだ。彼らからすれば、反乱軍よりも、新型マシンの奪還の方が優先度が高いらしい。

 それを失敗したとあっては風当りは強くなって当然なのだろうが……


(一体何を考えているのだ、上は。破壊をしたい、奪還を目指したい、理由はコロコロと変わる。まるで、あのトリスメギストスとかいうマシンを中心に動きが見えるようだ)


 それに、気になるのは真相だ。

 海賊放送を全てうのみにするわけではないが、今回の軍司令部の動きは、件の騒ぎから兵の意識を背けようとしている節がある。

 と、同時にもっと違う、何か別の意思もまた感じていた。それがなんであるかはわからない。それがもどかしいと同時に不安を掻き立てる。

 何か、どこかに違和感はあるはずだが、それがわからない。

 そうこうしていると、画面の向こう。ニューバランスを裏切ったジョウェイン中佐がさらに言葉を続けていた。


『私はどうにも腹芸が苦手だ。なので単刀直入に、二つのお願いをしたい。どちらか一方でも飲んでくれるなら個人的には嬉しい』

「……なんでしょう? 私たちの拒否権はありません。無念なことですが」


 銃口……いや主砲を突きつけられての交渉はさすがにジャネットも初めてである。恐怖がないわけじゃない。それにプラスしてジョウェインの顔がなんともいまいち、むかつくというのがジャネットの素直な感想である。

 そこに私怨がないとは言わない。


「砲門を至近距離に突きつけられて断れる交渉はないわ」

『ま、そういう言われるとそうなんだが』

「……?」


 彼はあっさりと認めた。

 こちらとしては嫌味のつもりだったのだが。


『こっちも念のためというものだ。私のお願いを聞いてくれれば、少なくとも双方に、今すぐの損失はないと約束しよう』


 言葉だけを聞けばかなり胡散臭い取引だ。


「……あなたの事は色々と調べさせてもらいました」


 ゆえに、ジャネットはなるだけ敵の考えを読み解こうとした。

 ジョウェインという男は、ずっとアンフェール大佐やファウデン総帥の後ろに隠れている地味で、目立たない男という印象が強い。

 それが、ここにきて、まさかの反逆を起こし、自分を足止めして、そして今は脅しをかけている。

 冗談ではないが、まるで人が変わったような男だ。


『……面白みのない話しか出てこないでしょう?』

「えぇ、率直に言わせてもらえば、無味無臭。ただ権力者の下に着くだけの男」

『はっはっは! いや、的確だ。本当に、まさしくその通りなのだよ。ジョウェインとう男はまさしくね』

(この言い方……まるで自分はそうじゃない、ジョウェインじゃないとでも言いたげな言葉。なんなのだ、この男。私には理解できない……ニューバランスの上層部はこんなのばかりなのか?)


 不気味にすら思う。


『まぁ、こちらにも色々と目的がある。その為に動いているわけだが、それは人殺しの行動ではない。ただ、そう……パワハラに対するけじめをつけに行くというべきか、ここにいる者たちは、言ってしまえば軍から追放された身。上司のパワハラに耐えかねて文句を言ったら首にされて、なおかつ殺されそうになっているだけだ。だから、まぁなんだ。殴りに行こうかと思っている』

「は、はぁ……?」


 ますます、わからない。

 三十五年も生きてきて、それなりには策謀というものを経験してきた。軍社会の面白くない癒着や汚職も見てきたし、それには唾棄してきた。必要があれば告発もしてきた。そのせいで辺境に飛ばされたのは事実だが、後悔はしていない。

 だが、そんな経験を持つジャネットでも、目の前の男はわからない。

 なにせ、その言葉は、嘘偽りのない、本音だったから。


『で、だ。ジャネット艦長。私としてはここは見逃してもらいたいというのはまず一点。こちらも、反乱軍には攻撃をしないように説得する。もしそれが守られないのであれば、我々は反乱軍の艦隊を動力停止にすると約束しよう。そして二つ目。私はこちらがおすすめだが……我々の仲間になってほしい。君は、まっすぐな軍人とみた。ならば、今のニューバランスの在り方には疑問もあるだろう。だからこそ、助けてほしい』

「私に組織を裏切れと?」


 一つ目の提案はむしろ好条件だろう。

 だが二つはなんだ。仲間になれと。反乱を起こせと言っているようなものだ。

 その無茶苦茶を、相手は理解しているのか?


「あなた、自分が何を言っているか、わかっているのか?」

『シラフでなければこんなことは言えんよ。それに、君もビュブロスで見たはずだ。我々を襲う謎の戦艦。そして海賊放送でのアンフェールの悪事、さらに言えばファウデン総帥の娘が暗殺されたなどというデマを』


 もちろん知っている。

 故に、疑念は尽きない。

 しかし、だからといって軍を裏切るという行為はそう簡単に納得できるものではない。


「……あの放送は、やはり貴様らがやったことか。どうやったのかは知らないが……それに、総帥のご息女が生きているというのなら、その証拠が出せるはず。もしそれが」

『お呼びですか?』


 画面に、一人の少女が現れた。


「なっ……!」


 それは、アンフェールの演説と同時に提示されたファウデン総帥の娘の顔写真と全く同じだった。連日連夜、彼女の顔はニュースに飾られる。彼女は今や、宇宙で一番有名な少女になったというべきだろう。

 そして死んだと言われる、悲劇のヒロイン。それが、何食わぬ顔で出てきた。

 それはさすがに驚くというものだ。


「に、偽物……」

『真贋の区別をつける方法は確かに難しいかもしれませんね。ですが、私は、自分がフラニーであり、ニューバランス総帥の娘であるとしか言いようがありません。私はこうして生きています。両足もありますよ?』


 それは、本物というしかないのかもしれない。

 仮に、整形を施したとしても、ここまで、あまりにも瓜二つにするには時間が必要だ。

 そして……もし彼女が本物であれば、これは由々しき事態であると同時にジャネットは軍への信用を改める必要が出てくる。

 なにせ、軍は、彼女に真実を何一つ語っていないという事になるからだ。


『というわけだ。ジャネット艦長。交渉をしたい。どうだ?』


 ジョウェインと名乗るはずの男がにこりと笑ったように見える。

 ジャネットには、それが、酷くおぞましいもののように見えた。


(なんなのだ、こいつは……こいつは、誰なんだ)


***


 アンフェールという男は野心家であり、武闘派であるが、同時に姑息な部分も内在する。それを当の本人も自覚しているからこそ、組織においてナンバー2にまで上り詰めたという自負もある。

 力の使い方は熟知しているつもりだ。押すべき時は押す、従う時は従う。しかしながら、人間は環境になれるとさらなるものを求める。

 アンフェールとてそうだった。

 齢五十を超え、老人に差し掛かるか否かの男はまだ精力的で、敏腕であった。


「ろくな報告がこないな?」


 そんな男だからこそ、思い通りにならないことに関しては露骨に苛立ちを見せる。

 ケチがついたのはいつだったか。そんなことを考えるたびに額の血管が浮き出ている。

 しかも、やめればいいのに、それを繰り返し、繰り返し思いだすというのは、言ってしまえば消してしまいたい汚点を認めたくないという部分からだ。


「ジョウェインはどうした。トリスメギストスとかいうマシンはどうした。なぜ報告があがらん。それはつまり成果が出ていないということだが?」


 質の良い木製のデスク。アンフェールがそれがなんの木でできているかは知らない。

 それを叩きながら、目の前で委縮する新しい部下を睨みつける。

 あの演説から、自分はしばらく表舞台に立てなくなった。だが、そんなことはアンフェールにしてみればどうでも良いことだった。表の仕事は表に任せればいい。

 余計な仕事が消えたと思えばせいせいするというものだ。

 だが……ならば本職ともいえるこちらはどうだ。こちらですら成果が出ない。


「は、はぁ、それが。やはり、内部の混乱激しく……情報伝達も共有も、いまだ完全とは言い切れず」

「それを調節するのが貴様らの役目であろう。今の今まで握りつぶせていたものが、なぜたかが海賊を名乗るアホの言葉でどうして拡散する。火消しがうまく行っていないのはどういうことだ」

「そ、れは……世間の、民衆の熱と言いますか、勢いと言いますか……ネットワークの拡散速度は過去の時代においてもすさまじく」

「その言葉は聞き飽きた。中継局でも本局でもなんでも黙らせられんのか。アカウント削除、凍結、そのほかやり方はいくらでもあるだろう」

「行ってはいます。いますが、いたちごっこであるとしか」


 これなのである。

 ジョウェインにかみつかれてから、というもの自分の周りでは余計な失敗が付きまとう。

 それは面白くない。

 アンフェールにとって権力と戦争は楽しみなのである。

 それを行使できる立場にいるからこそ、ここまでこれた。楽しいからできるのだ。自らの声一つ、指先一つで軍勢が動かせるというのは得難い快感だった。

 その意味においては、ファウデンとかいう爺さんのよくわからない理屈は自分のバリアーとなっていた。彼の掲げる理念があり、それに武力で協力するという建前は非常においしいものだったのだ。

 それが出来ればファウデンが何をやろうが、考えようがそんなことはどうでもよかった。

 だが……今はそれすら制限されかねない。

 ならばどうするか。

 邪魔者を消すしかないのだ。

 

「……ふん、それでバベルの方はどうなのだ。進捗状況は」

「はぁ、建造の中止は言い渡されておりませんので……概ね60パーセントほどかと」

「遅いな?」

「大型建造です……やはり、時間はどうしても。それに、エンジニアの数も足りません」

「ならば植民惑星から引っ張ってこい。どうせ飯のタネのない連中だ」


 バベルとは言ってしまえば超巨大な粒子加速砲である。

 理論上、地球の都市部を一撃で壊滅させる威力を持つ。同時に、それそのものが移動要塞の性質を持つ。

 そのような兵器を使ってみたいと思うがアンフェールのような男の理屈だった。

 それを撃つべき相手も、今はたくさんいる。


「トリスメギストスの性能があれば、バベルは重力兵器を無力化するはずだったのだがな」


 それは、城だ。

 権力者には城がいる。将軍には戦艦が。とにかくとして、アンフェールは己の野心を体現した巨大なものが欲しかった。

 それを、やれるだけの権力はまだあるのだ。

 もっといえば、バベルを一発でも撃てれば、帳尻はつくというものだ。

 だが、その中の唯一の心残りがトリスメギストスなのである。


(ファウデンのジジイは、なぜあんなものを作らせた?)


 それもまたアンフェールの心に引っかかっていた。

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