ため込んだストレスの発散方法を間違えると余計なことしか起きない

 メインカメラが捉えた突出する敵のテウルギア隊。やはりというか見慣れたラビ・レーブであるのだがそれを率いるのは青紫色で両肩に円形の盾を装備し、二丁のライフルを装備した機体だった。

 それが何やらテンションのおかしくなったパーシーが駆る機体であることがわかる。


(あの男、トートに転送された時はどうなったかと思ったが、無事だったのか。いや、それより、何が起きればあんなことになる)


 正気ではない。それはわかる。

 仮面をつけて、素顔を隠しているが、先ほどの異様なテンションはシラフではないはずだ。

 ともすれば……何か受けたか。


(トートに吹っ飛ばされた時に酸欠になるような何かがあった、もしくは……)


 結果はどうあれ敵の部隊にいる。ということは敵に掴まり、脅されたかはたまた頭を弄られたか。


「恐らくは後者」


 大体の、お約束だ。

 省吾はそれで間違いないと判断した。でなければあの奇抜な行為はしない。あれがパーシーの素だとすれば、それはそれで驚きだが。

 省吾は、一応、無駄だとは思うがかわりはてたパーシーとの通話を試みた。


「その声、パーシー大尉だろう。なぜ貴官がそこにいて、反乱軍を襲うのか、なぜ我が艦に向かってくるのか、答えよ」

『シャァラップ! 悪魔め、デーモンめ! ただそこに存在するだけで法則が乱れる! デスオアァァァァダァァァイ!』

「敵機を近づけさせるな。艦砲射撃、準備が出来次第撃て」


 省吾は、驚きはするがすぐさま切り替えた。

 何があったのかは気になるが、こちらに向かって敵意を向けてくる以上は処理しなければならない。そして、これはもう手遅れだと判断した。


『か、艦長さん! あれ、パーシーさんなんですよね!』


 その命令が届いていたのか、トリスメギストスで出撃を果たしたユーキが慌てて通信を送り込んできた。


「御覧の通りだ。彼は再びニューバランスに下ったらしい。撃ってくるぞ」

『で、でも!?』

「思うところがあるならば無力化しろ。君の機体ならそれができるだろう。だが私はこの艦の乗員全てを守らねばならんのでな」


 ユーキの優しさがここではアダとなる。

 彼は見知った顔を殺すことはできないだろう。形はどうあれ、短い間、仲間としていた人物だ。

 むしろ、そう割り切れている自分の方がおかしいのかもしれない。

 アニメのお約束だからという理由だけで、自分はパーシーを処分しようと考えている。


「だが、向かってくるのなら、仕方あるまい……」


 艦砲射撃が始まる。ビームの粒子が尾を引いて、遥か彼方のテウルギア隊を狙撃。だが、爆光は見えない。初弾は避けられた。

 だが砲身はまだある。時間差でずらしながら射撃を行うことで回避を潰つ砲撃が開始されている。戦艦が対機動兵器に対抗する手段の一つである。一発、二発は避けられるもの。その回避コースを潰すように射撃を加える。

 そうであっても潜り抜けられるのではあるが、効果はある。


 敵の編制はパーシーを含めて十六機。数ではあちらが多い。

 この砲撃でいくつ減らせられるかが重要だ。


「第二、第三斉射、開始!」


 だん、だん、だんとリズミカルな砲撃が響く。

 散り散りになる敵の編隊。砲撃は避けられる。だがもっと異常なのはパーシーの乗る機体だ。あれだけは一切の回避行動がない。そうなると当然、命中弾がある。

 しかしである。


「弾かれた!?」


 一発のビームがパーシーの駆る両盾の機体に命中するも、その瞬間、盾が光り輝き、ビーム主砲が拡散する。


「機動兵器で、戦艦のビームを防ぐ!? 実弾を用意しろ! テウルギア隊、白兵戦準備だ!」


 ケスが次なる対応に取り掛かる。

 さすがに早い。ビームの効き目がないなら実弾。実に理にかなっている。

 とはいえ、ビーム斉射も止めることはできない。


(くそ、アニメには出てきてない兵器だな)


 パーシーの駆る機体は省吾の記憶には存在しない。

 それを言い出せば、パーシーが生き残り、敵として仮面をかぶって登場という状況すら知らない展開であることに違いはないのだが。

 とにかく厄介な相手であることに間違いはない。


「反乱軍の艦隊は!」

「ダメージ大! 危険ですよ!」


 クラートの悲鳴。


「見りゃわかる! えぇい、敵機動兵器に接近するのは怖いが、ミランドラ、前進だ。戦艦の装甲だ、そう簡単に打ち抜かれるものか……! こうなれば残り一発のプラネットキラーも使うぞ! 反乱軍艦艇にも通信繋げ、こちらは援軍だと伝えろ!」


 これは、今までとは違う本格的な戦闘だった。

 慣れたなどというのは嘘っぱちだ。省吾は再び掌に汗がにじんでいることに気が付いた。


「ジャネット艦隊とも回線は開けるか!」


 怖いから、やることをやる。

 とにかくこの戦闘を潜り抜ける。その手段は問わない。あらゆる可能性を尽くすのだ。


「おい、聞こえているかジャネット艦隊! 司令官!」


 オープン回線による一方的な通話である。


「貴様らも放送は見たはずだ! ニューバランスの悪行、そして総帥の娘すら殺そうとする卑劣さを! いいやそれだけじゃないぞ、ジャネット艦隊、貴様らはビュブロス宙域へくる前にも見ただろう! 民間惑星を襲う艦艇の姿を! それが証拠だ! 貴様らはそれを知ってこのような行動を行うのか!」


 その言葉の終わりと同時に艦体に衝撃が走る。


「三十五番から四十二番の機銃使用不可能!」

「三番主砲、損傷、出力低下します!」

「敵機、防空領域内に侵入! テウルギア隊、白兵戦突入!」


 矢継ぎ早な状況の変化にも対応しなければならない。

 省吾は艦長席にしがみつきながら、叫ぶようにして指示を出す。


「対ビームスモーク散布! トリスメギストスはどうした!」


 ここに至り、トリスメギストスの超パワーに頼るしかないのは情けないが、それが一向に始まらない。


「あの青いラビ・レーブに絡まれてます!」

「制御できんのか!?」

「わかりません!」


 モニターに映り込む二機の姿。

 トリスメギストスは攻めあぐねいている様子だ。対するパーシーの方はまるで狂ったかのようにライフルを乱射している。

 そのほか、マーク隊も他のテウルギアの抑えに回っていた。艦防衛はそれほどまでに難しい。


「トートのご機嫌な斜めなのか、それとも……」


 敵が操れない。

 それはオフライン状態である可能性が高い。

 だがフラニーを助けたときは制御下に置くことができた。

 だとすれば、他にも対策がなされている……?


「まさか、あの糞ジジイ」


 省吾は嫌な予感を浮かべた。

 そしてそういう予感は今まで的中している気がする。

 省吾の脳裏に浮かんだのは、フィーニッツ博士だった。ロペス達が仮に捕らわれたとすれば、フィーニッツも同じだろう。そして目の前にはパーシーがいる。

 そして、この二人は、トリスメギストスを知っている。


「裏切った……いや、違う。だが、何が目的だ」


***


『デリィィィト! 悪魔よ、消えよ!』


 通信の向こう側から奇声をあげ、明確な殺意を向けてライフルを連射するパーシーに対して、ユーキは気圧されていた。

 恐怖、とはまた違う。困惑の方が表現としては正しい。

 ユーキの知るパーシーは優しそうなお兄さんと言った印象だった。

 しかし、今の目の前にいる仮面で顔を隠した男にはそんなイメージは崩れ去り、ただわめき散らすだけの怪物のように見える。

 だとしても、なるべく殺したくないという甘い考えがユーキの中にはあったし、それを可能とする性能がトリスメギストスにはあると自覚していた。

 だのに、それがうまく機能しない。


「トート! ふざけてないで、トリスメギストスのパワーをあげて!」


 機体制御はまだしもブラックボックスなシステム面はトートに任せるしかない。


「ヴィーヴィー! ハイレナイ!」

「入れない!? オフラインってこと……! いや、それでも前はできた、どうして」


 トリスメギストスが侵入できない。

 そんなファイアウォールが装備されているとすれば厄介だ。

 だがどうしてそんなに早く準備できる。トリスメギストスは敵のものだったとはいえ、あまりにも早すぎる気がする。

 それに、これでは敵を無力化できない。


『レヴォリューション! トリスメギストスの高性能電子制御プログラムがかえって邪魔をするのさ!』

「はぁ!?」

『トリスメギストスは欲張りだ! 己のスペックを試したくてうずうずしている。それがまだ未熟なAIに限界というものを覚えさせていない! わかるかぁ! そいつはまだぁ、モンキーなんだよ!』

「ご丁寧にどうも! 猿なのは見てくれでわかる!」


 つまり、トートとトリスメギストスは常に全力すぎるというわけだ。

 だが機械も連続稼働をすれば疲弊する。コンピューターであっても常時の稼働は不可がかかる。それと同じことがトリスメギストスにも起きているという事らしい。


『そして恐れ! 感情を学ぶことで、トリスメギストスは! 恐怖を知った! 同時に処理できないのさ!』

「このっ!」


 トリスメギストスのローブに装備された小型のビーム砲がハリネズミのように広がる。敵を遠ざける牽制射撃のつもりだが、パーシーの機体は盾でそれを防いでくる。

 トリスメギストスの武装の殆どはビーム。相性が悪かった。そこに電子制御の調子が悪いときた。

 あと残された武器は、徒手空拳のみだが果たしてトリスメギストスのフレームがそこまで頑強なのかどうか。


「まさかと思うけど、僕を殺す気ですかパーシーさん! トリスメギストスが怖いって言ってるは知ってますけど!」

『あぁ恐ろしいさ! そんなものがまだこの宇宙に存在している事実がとても恐ろしぃ! 君は理解できていないんだよ、シンギュラリティが起きれば、トリスメギストスはぁぁぁぁ! 一個体の生命となる! バースデイ!』


 ギュンッとコクピットに降りかかるGすら無視した危険な機動が見えた。

 パーシーの機体は円形シールドに内蔵された複数のスラスターによる高機動すら実現している。それはほぼ直線運動であったが、純粋に早いというのは武器となる。

 そしてユーキは素人だ。その速さに翻弄されていた。


『だがそのバースデイは祝福してはならない! 一個が二個、二個が四個で六個! 倍々倍々! わかるかその恐ろしさ危険性が! そして知性を持ったトリスメギストスが単独で惑星を破壊し、重力電子などを操作する生命体が増え続ける意味を君は理解しているかぁぁぁ!』

「今は! そんなことに、なってない! だろうが!」


 ユーキは逆に動きまわることが得策ではないと思い、あえてトリスメギストスを停止させた。トートが警告するかのように叫んでいるがうるさいだけだ。

 それ以上にパーシーがうるさかった。危険性をとなえているのは理解できるが、その全てが理論上のものでしかない。確かに勝手に動くし、マシンの操作は奪うし、プラネットキラーのような重力操作も行う。危険だ。

 だが、これは制御の中にいる。そしてあいにくと、自分はこれを使わないといけない。

 かなり、自分勝手な目的の為ではあるが、それはお互い様といえる。


「ことが終わったら、太陽にでも捨てればいい!」

「ヴィー!?」


 トートが悲鳴をあげたように思ったが無視。


「死にたくないなら、言うことを聞け! 落とされるだろ! 消えたくないなら、この場を潜り抜けろよ!」


 果たしてトートにどれほどの知性があるのかは知らない。

 だが、生命の本質に沿うのだとすれば、死にたくないという感情が優先されるはずだ。

 その恐怖がシステムの機動を邪魔するなら、他の方法を取るしかない。


「タイミングを合わせて……」

『消えろ! 悪魔め!』


 ライフルを連射するパーシー。トリスメギストスは両手を広げてバリアを展開していた。それをめがけてパーシーの機体が突っ込んでくる。

 ユーキは心の中でカウントを始めた。

 そして。


「捕まえた!」


 体当たりを仕掛けてくるパーシーの機体を済んでのところで避け、機体を掴む。

 凄まじい衝撃がコクピットを襲ったが、それがしばらくすると軽減される。トリスメギストスの重力操作による慣性制御であることユーキはまだ理解していなかった。


「頭おかしくなったんですかパーシーさん! この!」


 とにかく今は無力化に専念する。

 その方法が物理だった。とにかく、殴る。殴る。殴る。

 トリスメギストスの拳で、パーシーの機体の頭部を何度も殴りつけた。頭部センサーがへしゃげていくのが見える。


「トート! トリスメギストス! 覚えろ、頭でっかちなスペック表だけで、物事が決まるわけじゃない! 進化ってのは高性能にするだけじゃ意味がないんだよ!」


 感情があり、知性があるのなら、共存だってできる。

 その為には色々と教育だって必要だ。

 正論だけで世界は回らないし、人間関係も構築できない。何かの本で読んだ言葉だ。


「誰かの役に立たない機械は捨てられる! 誰かの得にならない神様は捨てられる! それが人間社会だって、ニッポンジンは言っていたぞ!」


 どこで聞いた言葉かなんて覚えていない。

 ユーキも、ユーキで必死だったのだ。


「消されたくないなら、ちょっとはいうことを、聞け!」

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