仮面をかぶっても意外とバレているがそれを口にしない優しさは結構ある

 敵の総大将の演説はそう長いものではなかった。内容の殆どは、シンプルで序盤は政府批判、そして最後に付け加えたように反乱組織への批判で締めくくられた。自分たちに課せられた疑念については一言、事実無根というだけでそれ以上の返答はない。

 ある意味で、それは認めたともいえるし、嘘に関わる必要性がないという姿勢の表れにも見えた。

 組織全体としてのダメージはさておいてもファウデンという男になんらダメージがないようにも思えた。

 厚顔無恥という言葉があるが、果たしてこの男がそれに値するかどうかは省吾にはいまだ判別がつかない。

 わからないのだ、ファウデンという男の事が。


「凄まじい男だな」


 自分がもといた世界、時代にここまでの男がいただろうか。

 アニメのキャラは有無を言わさないカリスマを持つ者がいる。それは創作的なメタな理由、設定という事実も加味するが、そんな存在が目の前で現実として現れた時の衝撃は凄まじいものだ。

 それは、主人公であるユーキや圧倒的な強さを見せたマークというキャラに出会った時以上の衝撃なのである。

 

「こいつを倒すのが、俺の目的か。そして、一発ぶん殴る相手」


 とにかく、そのことを再確認して、省吾は深呼吸をする。

 そしてぎゅっと両の拳を握りしめて、緩めた。緊張はそれでほぐす。そう言い聞かせる。


「敵のご高説は終わった。みなの知る通り、これが総帥閣下だ。きれいごとを言ってくれている。いや、一部は事実なのだろう。だが、だからといって惑星破壊や虐殺を容認するようなやり口は正しいとは言えんぞ。真っ当に、正当に、意見があるな政治家にでもなり、選挙に出て、大統領にでもなればよかったのだ。それをしなかった時点で、奴は逃げただけだ」


 一応、隣に座るフラニーの様子を確認しつつ、省吾は続けた。

 彼女は、黙って話を聞いているようだった。その顔に、悲壮感などはなかった。


「我々が自由を掴むには、ファウデンの作り上げた組織を打倒しなければならない。奴の作った負の部分を明るみにし、我々が不当に背負わされた罪を払拭しなければならん。同時にこの艦に乗るご婦人方の将来の為にもだ」


 省吾は立ち上がり、号令をかけた。


「惑星ベルベックへ向け前進。我々は、我々の成すべきことをするぞ!」


***


 ミランドラ格納庫内。

 戦闘機動の訓練は狭苦しいコクピットの中、衝突の危険のあるコースを何度も潜り抜け、マーク中尉の怒号に耳を傾けなければならず、処理するべき情報が多かったのもあってか、ユーキは汗まみれだった。

 通常、パイロットスーツはこういった汗を吸い取ってくれるはずなのだが、それは気休め程度のものらしく、この感覚に慣れないユーキは重たく、蒸し暑い環境に置かれていた。

 初めての戦闘、フラニーを助けたときも、ここまでの汗はなかったが、それはごく短な戦闘だったからだ。

 しかも、敵の演説を聞けと言われると、頭がぼうっとしてくる。

 しかし……総大将の言葉を聞けば、その内容に、なにより一言も娘の事を話さない父親の姿に、ユーキは静かな怒りを覚えた。


「なんなんだよ、あの人」


 ファウデンという男は写真程度でしか見たことはない。生の声を聞くのも始めてだ。

 植民惑星の住民からすれば、最も疎ましい人物であることに間違いはないが、それでもどこか遠い国の人物というイメージだった。

 だが、改めて認識をすると、ユーキはこの男をどうにも好きになれなかった。


「あぁもう、好き勝手言ってくれるわねあの人!」


 同じくミランドラ隊のパイロットになったアニッシュが汗でぐっしょりとなった長い髪をかき上げながら、ぷりぷりと頬を膨らませ怒っていた。まっすぐな感情の発露はからっとしていて、やはりいつものアニッシュなのだなと思う。

 訓練の時は、さすがは警備隊とはいえ、宇宙にも出ていた女の子。飲み込みも速いらしく、正規兵の動きにワンテンポの遅れはあったが、食らいついていた。

 自分とは大違いだ。


「まるで私たち植民開拓者が悪者みたいに言って!」


 ファウデンの言葉は、植民惑星の者からすれば冗談ではないと叫びたい内容だ。


「税金は無駄に取る癖に!」

「だが、その税金でパトロールをしている軍隊がいるのも事実だぜ」


 頭上から、マークの声が聞こえてきた。

 無重力の中、機体からゆっくりと降りてきている。他のメンバーも一緒だ。


「俺たち、元は地球の出身はそう教えられてきたからな。植民惑星ってのは手前勝手に開拓した連中が大半ってな」

「なんですかそれ! 言いがかりも甚だしい!」


 アニッシュが食ってかかるが、マークは軽く受け流す程度だ。


「そりゃ政治の話に関わるんだよ。支持率とかな。ま、とにかく面白くもねぇ話ってことだ。だが面白くなくても軍隊ってのは民間人を守らなきゃならん。遠い植民地だろうが、定期的なパトロールは必要ってわけだ。だが軍を動かすには金がかかる。地球の財源だけじゃ動かねぇ。当然、地球国家の枠組みにいる植民地にも金を出せとなるのは、まぁ当然だろうよ」


 マークのいうことも正しい。

 だが実際は、旧式装備を与えて、各地の自警団組織に任せているというのが現状だ。

 とはいえ、そうなったのも大規模なフロンティア計画によるものだとすれば、あまり地球を責めることはできないのかもしれないとユーキは思う。


「じゃあ、なんでそんな大変な開拓をやめさせなかったんですか?」

「知らね。そりゃお偉いさんの考えることだ」


 ユーキの質問にマークはあっさりと答えた。


「民間人が明日、惑星の開拓に行きますといって許可が出るわけじゃない。結局のところはお国が決めるのさ。お前たちはいつまでにどこかの惑星に飛ばすからあとはよろしくとな。といっても、そんなのは大昔の話だ。俺たちの爺さんやひい爺さんの次期。そのつけが巡りめぐって今に降りかかっている。今更、惑星の飛び散った人類を地球に一斉に戻すわけにもいかん。地球圏のコロニーだっていっぱいいっぱいだしな」


 今現在、新しい惑星の開拓はよほどの資源価値がなければ許可されない。

 既に開拓された惑星というのは過去の遺物という見方が強い。

 そこに取り残されたのがユーキ達の世代ともいえる。


「ま、俺は誰かがどこを開拓しようが関係ねぇがな。俺はこういう仕事しかできんし、それ以外だったらごろつきやってただろうって人間だ。戦うってスリルが、それができりゃいいんだよ。それが許されるのが軍隊だった。お咎めなしだからな? だが舐めた真似をするなら、組織でもかみつく。ははは、俺はやっぱこういうのをやってるのが正解なんだろうさ」


 マークは大笑いをして、ユーキの背中をばしんと叩いた。


「難しく考えんなよ、ガキが一丁前に世界のことを考える必要はねぇ。ムカつく奴に一発お見舞いしてやっても許されるのはガキの頃までだ。俺は俺たちを裏切った組織に落とし前を付けさせたい、お前たちは故郷をぶっ壊そうとする連中に文句を言いたい。それで充分な理由だろ。あーだこーだと難しい言葉を並べるよりも真っ当な意見だと思うぜ?」


 そういって、マークは部下たちを引き連れて離れていく。

 隊長でもある彼はこれから次の訓練メニューを考えたり、報告書の提出があると忙しい身分だ。同時に、自分のような素人の面倒を見なければならない。


(忙しい人なんだな)


 もっと怖い人だと思っていた。

 いや、事実怖い人なのだろう。彼は、命令とあれば敵を殺すことに抵抗はないという。それでも殺す相手は選ぶのだろう。無抵抗の民間人を殺すほど邪悪とは思えなかった。だが、もし仮に、自分が敵対していたらどうなるだろうか。

 彼は、恐らく容赦なく殺してくると思う。彼の中でのルールがそうさせるのかもしれない。

 そういう意味では、敵対しなくてよかったと思う。


「フン、言われなくても文句の一つや二つ言ってやるわよ。それよりユーキ、あんたちょっと操縦が雑すぎるんじゃないの。ほら、さっきのターンだって」

「えぇ、ちょっと待ってよ、疲れてるんだけど」

「馬鹿ね、疲れた時に出来なきゃ意味がないでしょ。ほら確認するわよ。あの猿はどこ行ったの、データ取ってるんでしょ、それ見返して反省点を見つけるのよ」

「わかったから、腕引っ張らないで。トート、トート、来い」


 そう、難しい話をする前に自分たちは何としてでも生き残る必要がある。

 敵は自分たちを狙ってくる。その魔の手を祓うには訓練をして、敵を退けなければいけない。何かを言い返すのも、殴るのもそれ相応に力が必要なのだ。

 対等な立場を得る最も手早い手段はこれしかない。それを認めなければいけないのだ。

 だが、やはり、その根底にあるのは死にたくないという欲望であることに間違いはない。

 その思いは、否定されるべきものではない。


***


 その後、ミランドラは何度かのワープを繰り返し、ベルベックまであとわずかという宙域まで接近していた。二日を過ぎた当たりで、緊張感も出てくる。ベルベックまでは最大船速で飛ばせば一日ほどで到着する距離である。

 ここまで近づくと戦闘警戒はして当然である。といっても乗員の休息は交代制で行わせる。戦闘が近づくにつれてあまり体をいじめ過ぎないのが良いらしいからだ。

 艦長とて、そう毎回、艦橋にいるわけではない。幸いなことに今はケス少佐が交代要員となっている。

 しかし、ここで少し省吾にとっては小さな問題があった。


「……すみません。お邪魔でしょう?」

「あぁ、いや……むしろ、お暇ではないのですか?」


 なぜかユリーがいることだ。

 はじめは洗濯の終わった衣類を運んだり、食事を運んだり、掃除をしたりという程度だったが、その頻度がこの数日で多い気がするのだ。さすがに書類を運んだりすることはないが、一日のうち、八回は彼女を見かける。

 なにせ、事務仕事をしようとすると必ず紅茶かコーヒーを淹れてくれる。


「やはり、戦闘が近づくと、怖くなって……なんでもいいから仕事を見つけないと、情けないのですが」


 ユリーは、今年で三十二になるというが、まだ若い。とてもそうは見えないほどの綺麗な女性だ。そして省吾は、元の年齢的には彼女より年下で、なおかつ女性とお付き合いしたことなどない男だ。

 見目麗しい女性が基本的に近くにいるのは、耐えられない。


「フラニーお嬢様の方は……」


 一応、彼女はフラニーのお付のはずなのだが。


「同年代の方といるのがよろしいかと思いまして」

「ああ……」


 ここ数日、少年少女たちの間もにぎやかだ。

 というか、ラブコメをしている風に見える。ユーキとアニッシュはつかず離れず、友人の関係だが、フラニーの方がどう見てもユーキにひとめぼれをしている節がある。それは、命を助けられたからなのか、それともメタな理由、ヒロインとしての役割なのかはわからないが、とにかくユーキもユーキで大変なのだろう。

 と、同時にフラニーとしても不安を和らげたいという気分があるのだと思う。

 だが、そうなるとユリーはどうだろうか。年齢も離れているし、勉強などを教えるといってもそれは四六時中ではない。かといってそれ以外で彼らと一緒にいるのはどうにもと思うだろうし、さりとて他の乗員と親しく話せる関係はまだ築けていない。

 一応、生活員とは業務の事で会話はできるようだが。

 彼女は、ある意味でこの艦の中で一番孤立しているのかもしれない。さらに言えば、シャトルの船長はまだ医務室のベッドの上だ。


「……私は構わんのですが」

「すみません。落ち着かないのです。怖いですし。その不謹慎なことを言うようですが……この艦が落とされでもしたらと思うと」

「それはみんな、同じことを考えています。そうならない為に、各員の奮闘があるのです。まぁ、確かに、現在の我々は孤立無援ですので、不安な気持ちはわかります。正直、私もそこは気にしています。何とか、この局面を乗り越えばならんと思っていますので」


 そう、なんとしてでも一代反抗勢力との合流を果たさないことには、身動きが取れなくなるのだ。その為にベルベックに急行しなければならない。

 それで彼女たちの不安が和らぐとは思わないけれど。


「巻き込まれたのですから、その恐怖も怒りも正当なものです。そして、私はそれを代弁してやれる立場にいると思いますので、えー……まぁなんといいますか、あ、安心してください!」


 口下手だった。

 それ以上の言葉がやはり出てこない。美人と、同席するという行為自体が初めてなのだから。

 それに、省吾とて、自分が何かしらで頼られていることに気が付かないほど鈍感ではない。だが、だからといって、何をどうしていいのかわからないのだ。

 気の利けた言葉なんぞ、思いつかない。

 なにか、何か言葉はないか。そう考えを巡らせていると、アラートが鳴り響いた。

 ユリーはそれを聞いてびくりと体を震わせ、身を縮こませる。省吾は即座に通信を開いた。


「どうした」

『戦闘の光です』


 ケスの声だった。


「戦闘? どういうことだ」

『艦種から判別するに、地球軍と反乱軍の戦闘です。反乱軍側が逃亡しているのを、追撃しているとみていいでしょう』

「まさか……ベルベックの反乱軍か?」

『可能性は高いです。至急、艦橋まで』

「わかった」


 短く答え、省吾は振り向く。

 ユリーが震え、顔面蒼白となっていた。

 省吾は彼女に駆け寄り、肩を叩く。


「大丈夫です。逃げに徹すれば、沈みはしません。戦闘が終わったら喉が渇きますので、何か準備をお願いします」


 そういって、省吾は艦長室を出る。

 そのまま艦橋へと向かう道すがら、マークとすれ違う。すると、彼は背中を叩いてきた。

 振り返ると、マークは小さくウィンクをしていた。


「色男ですねぇ」

「ふざけるんじゃない。戦闘準備、急げよ」

「アイサー」


 彼は敬礼して去っていった。

 程なくして、艦橋に到着する。騒がしいことになっていた。


「状況は」

「すでに我々が確認した所、反乱軍側は三隻。うち、一隻は撃沈されています。敵艦隊は四隻」

「奇襲を受けたのだろう。あれがどこの部隊かわかるか?」

「……ジャネット艦隊と思われます」

「速いな?」


 予想外の答えだった。

 ジャネット艦隊が動くだろうことは予想できても、ここまで素早く襲撃を駆けていたとは思わなかった。

 とはいえ、休息期間を含めれば三日もあった。ありえない話ではなかったのかもしれない。


「ジャネット艦隊か……話が通じると思いたいが、頭は固そうだったな」


 あの赤毛の女艦長はかなり軍人気質と見えた。

 どう切り抜けたものか。ここは、やはりトリスメギストスの性能に頼るか。そう思案を続けていると、新たな動きがあった。

 クラートが驚愕の声を上げている。


「敵のテウルギア隊がこちらに直進してきます。つ、通信回線!?」


 それと同時に無理やりの割り込み回線が開いた。

 メインモニターに映るのは異質なパイロットだった。仮面舞踏会などで使いそうな豪華な装飾を施したアイマスクに口元を隠すようにベールが覆われている。

 その異様な顔面がモニターいっぱいに映り込んでいた。


『ザッツオーライ……見つけた、宇宙海賊! いやさ……!』


 叫び声。

 異様なテンション。


『宇宙の平穏を乱す悪魔の船! ブレィィィク!』


 しかし、その声に省吾は聞き覚えたがあった。


「……パーシー技術大尉か?」


 どう聞いても、その声は彼のものだった。


「なにやってんだ……あいつ……何があったんだ……?」

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