第6話 電波塔

 サーカスの旗がまだ半旗だ。ドロンは巨大な、テントを見上げながらそう思った。人気者だった、猫の頭のナイフ投げ少年の自殺は大きい衝撃だ。しかし、あれはアグニアだった。

 大道芸はそれなりの収入になる。今日は何を演奏しようか考えていると、ふと、傍らに人の気配がした。見ると、沙夜が立っていた。

「おや、ひさしぶり。今日は一人かい?」

「天莉は、別の友達の世話してる」

 その口調から、沙夜の機嫌はあまりよくないらしい。

「まあ、そんな日もあるだろう」

「その子が、この間戦った相手かもしれない。アグニアの親玉」

「なんだって?」

 ドロンは驚く。これは予想外の話だった。

「確かに、相手が女の子だってことは知ってたが……」

 沙夜はドロンにかまわず続ける。

「ねえ、アグニアって、そもそも何なの? なんであなたは敵の動きとかみんな分かるの? あなたはどれだけのことを知ってるの?」

 剣幕からして、適当な答えではぐらかせる状態ではない。子供の魔法少女番組なら、そんなに面倒な説明はいらないのに。

「やっぱり気になるか……」

「当たり前だよ……でも天莉はあまり気にしてないみたい」

 その方がありがたくはある。

「そうだな……まず、俺は日本人じゃない。日本語はできるがね」

 沙夜は少し驚いたようだ。最初に言ったような気もするが。

「そうなの? そのメイクじゃぜんぜん分からないけど」

「俺は外国から来た。一応直前にいたのはフランスだが、長いこと、どこの国でもない、とある場所にいたんだ。そこではいろんな研究をしていた」

「どんな研究?」

「全ての人が、幸せになるための研究さ。科学から、技術から、哲学、芸術まで、実に広い範囲だ」

 正確な答えではないが、間違いでもないからいいかとドロンは思う。

「それとアグニアが関係あるの?」

「研究の中で、憎悪を増大させるエネルギー体ってものを発見した。憎しみは一つのエネルギーだが、それがさらに力を得て現実にも干渉してくるものがある。それがアグニアがもたらす幻だ」

「エネルギー体?」

「そう、あの子は復讐の神ネメシスと呼んでいるようだが、実際は地球のところどころで噴出しているエネルギー体だ。世界中に噴出のスポットが点在している。レイ・ライン……って知らないと思うが、世界中の重要スポットは線で結ぶことができる。この地域は、その一つにあるんだ。そしてスポットがあり、あの子が近づいてとらえられた。復讐心は非常に強い憎悪だ。それを最大限に引き出し、アグニアという幻を生み出す力を得た。あの子は復讐の神、ネメシスの使者を自認している。そして憎しみを持つ人を利用しているのさ」

「つまり、誰か元になる人がいるのね?」

「その通り。その人の憎悪を利用して、アグニアを生み出す」

「どうして? なんで他人のためにそんなことするの?」

「あの子自身、復讐心を持っている。言うなれば同情心でアグニアを生み出しているんだな」

 沙夜は何か思い当たるような顔をした。

「そうか……あの子、去年いじめられてたし……」

 本当にその子なのかという自信が、ドロンにはない。確かに、多少知ってはいるのだが、そこをあまり追求されても困る。ただ、沙夜の関心は次へ移ったようだ。

「それが、私達の出した窓で消えるの?」

「そう。復讐心そのものを緩和させ、エネルギーを弱める。復讐心の緩和をもたらすのは、幸福な自己の実在だ。窓の向こうにそれが見える」

「実在? だって窓の向こうでしょ?」

「でも実在している。それはパラレルワールド。つまり平行世界だ。多世界とも言うね。この宇宙は、可能性の数だけ分岐した世界が存在している。窓の向こうに、それが見える。見えると言うより、見ることで実在を理解すると言った方がいい」

 沙夜はよく分からないという顔をしている。

「つまり、窓の向こうの幸福な自分を認識するので、アグニアは消えるというわけだ」

「そうなんだ……でも、消えると、その人はどうなるの?」

 言おうかどうしようか迷う。しかし言うしかない。

「死ぬ」

「ええっ?」

「正確には、あの子は死ぬ寸前の人を狙ってアグニアを生み出させている。だから……別にアグニアが消えたから死ぬわけじゃないんだ」

「でも……アグニアがいる時は生きているんでしょう?」

「まあ、そうだな。でも、でも憎悪の塊みたいな存在だ。救われることはない」

 沙夜の目が落ちつかない。言わなければよかった。

「今の話を聞いて、魔法少女が無理だと思ったらやめてもいい」

「……大丈夫です」

 意外と頼もしい答えだが、彼女なりの理由がありそうでもある。

 沙夜はややうつむいた。

「でも、私は……どうしたらいいんだろう。あの子はどうしたら、ネメシスの使者から解放されるの?」

「そうだな……」

 その答えは、ドロンも持っていなかった。それでも希望を言うしかない。

「スポットそのものの噴出を絶つしかない。ただ、スポットの正確な位置をまだ把握していない。把握できれば……」

「戦いは終わるの?」

「終わる」

「そうか……早く見つけてよ。もう嫌になってきた」

「うん、俺もがんばる。早く終わらせよう」

 納得したのか、沙夜はうなずいて去っていった。いろいろ説明していないところもあるが、何とかなったようだ。

「嫌になってきた……か。そうだよな……」

 沙夜の去る姿が寂しそうだ。子供番組なら、こういう時にはパートナーが支えてくれるものだが。


 気を取り直し、何を演奏しようか考える。その時、急に風が強くなってきた。そんな天気予報は聞いていない。サーカステントを見る。旗を見るが、はためいてはいなかった。自分だけが風にあおられている。そして、自分のいる場所だけが暗くなった。

「まさか……」

 上を見上げる。すぐ上空に大型のヘリコプターが浮かんでいた。エンジン音も羽が風を切る音もしない。完全に消音できている。ただし、風ばかりはどうにもならない。底部が開いて、ワイヤーにつながれた兵士が数人降りてきた。顔まで隠して武装している。もちろん狙っているのは自分だ。

「来やがったか……」

 数十分後、どこかの基地の中らしい一室にいた。兵士の一人に、テーブルについてしばらく待つように言われた。米軍基地ではない。周囲に日本語が書かれているから自衛隊基地だろう。自分を捕獲した連中はアメリカとは仲がよくないはずだ。それにしても、明らかに軍用の簡素な部屋で、ピエロの姿のままとは滑稽だ。着替えたいものだ。

 しばらく待っていると、ブロンドでスーツ姿の、美しい女性が入ってきた。顔立ちが人工的で冷たく、現実離れした印象を受けるが、極めて美しいことは間違いない。そして女性は、顔まで武装した護衛を七人も連れている。ヘリコプターから降りてきた兵士だ。

「久しぶりね、ヴァシリオス」

 部屋に入るなりそう言って、目の前に座る。声は意外と柔らかい。

「俺はドロンという者だ。そんなヤツは知らん」

「手間取らせないで。私達の情報がどれだけ正確かは分かっているはずよ」

 女性は表情も変えずに言い、ドロンはやや苦笑する。

「まあ、そうだな。ヴァナデ・カネール様もあいかわらずお美しいですな。それに……」

 ドロンは七人の護衛を見渡す。

「あいかわらず暑苦しい連中だ」

「護衛よ。大目に見て」

「仮面の下が全員同じ顔だと思うと、ぞっとしないねがね」

 護衛は無言のまま動かない。ヴァナデの指示でないと何もしないのだ。

「あのヴァシリオスが極東で何をしているかと思えば、魔法少女ごっことは驚きね」

「ごっこじゃない。真剣だ。それで、俺に何の用だ?」

「ゼクステに戻ってきてほしい」

 ドロンはそれを聞き、鼻で笑った。

「何を今更。戻る理由はないだろ」

「そうね……」

 予想通りという顔で、ヴァナデは微笑した。

「フィロンⅡで塔の建造が始まったわ」

 それを聞いて、ドロンは驚き、真面目な顔になる。ピエロのままなので、見ている方はよく分からない。

「おい冗談だろ? あのバカな装置を作るのか? 世界中の宗教が黙っていない」

「バチカンとは話がついている。イスラム圏も何とかなる。塔の建造は世界規模のプロジェクトよ。この日本にも造られる。六番目にね」

 ドロンは顔をしかめた。

「そこまで進んでいるのか? フィロンⅡは国籍もない実験都市だからまだ分かるが、そう簡単に各国に導入できるものか。宗教、哲学、死生観、みんな違うぞ」

「二十世紀後半、我がジルベール総統がどれだけ世界に手を広げたか知ってるでしょう? 各国のシステムを変える準備はできている」

 ドロンはしばらく黙った。ヴァナデは微笑したままだ。

「……今から俺に、ゼクステで何をしろと」 

「塔には窓のシステムが不可欠だけど、残念ながら、今私達にあるのはあなたのほど完璧じゃないの。何しろ、あなたが『賢者の石』の組成を全部持って出て行ってしまったから」

「人聞きが悪いな。組成を発見したのは出て行った後だぜ」

「その点はあまり信用していません。とにかく、今はあなたの力が必要よ」

「断ったら?」

「やや手荒なことを」

「俺がいつでも死ねることは知ってるはずだ。俺の頭の中以外に記録はないぜ」

「あの子達に、あなたが何をしたか全部言います」

「やめろ! 子供達を巻き込むな」

 ヴァナデはやや前屈みになり、ドロンを見つめる。

「このまま子供だましの嘘をついて、魔法少女とやらを続けさせる気? あの子達もそろそろ気づいているんじゃない?」

 ドロンはまた黙り込む。天莉はともかく、沙夜にはその気配がある。

「永遠に続けるわけじゃない」

「あの魔法少女達、何ていうチーム名なの?」

「魔法少女テュリスだ」

 ヴァナデは口に手を当てて笑った。

「面白い。でも私に言わせれば、魔法少女デスね。死をもたらす少女達よ」

 さっき沙夜とその話をしたばかりだ。全くいい気分ではない。

「人を殺しているわけではない」

「ええ、壮大な実験ね。有意義だと思うわ」

 皮肉のつもりだろうか。

「とにかく、俺はゼクステに戻るなんて断る」

「そう言うとは思っていた。大丈夫。想定内よ」

 ヴァナデは背筋を伸ばし、長い髪をかきあげる。髪の毛の美しさも相当なものだ。さすが遺伝子のほとんどをつぎはぎされただけある。二十世紀の半ば過ぎにまとめて設計された。ヒトゲノム解析すら手がけていない時代、当時の医学やコンピュータの性能を考えれば狂気のような事業だったはずだ。彼女を生み出すまで、いくつ命を無駄にしたのだろうか。当時からゼクステはそんなことをやっている。国境を越えた異様な結社だ。ただ、自分もかつてそこにいた。

「日本に来たのは俺のためだけか?」

「いいえ。あなたが日本に来た理由と大体同じよ」

「……ネメシスか」

「そうとも言うわね。ジルベールの意識復活が期待できる」

 それを聞き、ドロンはまた驚く。

「まだ生きてるのか? とっくに死んだと思ってた。百は越えてるだろ」

「いくつもチューブがつながって生きている。意識はない。でも死なれると困るの。『無限幾何学』を理解しているのはジルベールだけよ」

「理解はしてなかろう。人間に無限の理解は無理だ。君だって、君の先代だって理解していなかったはずだ」

 先代というか、オリジナルだ。目の前にいるのはクローンだが、普通の人間と変わりない。

「でも事実として、賢者の石は機能している。そうでしょ?」

「どういう原理で機能するかまでは分かっていない。二十世紀初頭の『エルフリーデ文書』からジルベールが拾い出した。それが全てだ」

 ドイツのとある精神病院で、エルフリーデ・フォーゲルという女性が書いた文書。そこには、鏡の無限反射を利用して、多世界を渡り歩いたと思える記述がある。しかし、無限反射する鏡は、この世界では作れないとされている。ただ一つ、賢者の石を除いて。

「とにかく、ジルベールにエネルギーが必要なの」

「やめろ。あれは憎悪のエネルギーにしか役に立たない」

「何が憎悪か? そんな人間の都合でしかないことを、エネルギーは判断できないわ」

「哲学談義はしたくない。とにかくあれはやめとけ。ジルベールがアグニアを生み出すぞ」

「一応アドバイスとして聞いておくわ」

「それで、俺をどうする? このまま連れていくのか?」

「いいえ、帰します。あの少女達の活躍を、もう少し見てみたいから」

「そりゃありがたいね。でもあの子達によけいなことを言うなよ」

「しません。約束します」

 ヴァナデが言うなら嘘ではないだろう。ヴァナデは立ち上がった。

「本当はこのまま、連れ去ってほしくなかった?」

 そう言って微笑した。自分が見抜かれているようで不快だとドロンは思った。


「見て! 電波塔が二つ並んでいる」

 沙夜に言われ、天莉もそれを確認する。

「どっちかがアグニアね」

「うん」

 その時、また頭の中で、無理に明るく軽くしたような男の声が響いた。さっきから何度も聞こえてくる、うるさい放送のようなものだ。

『はーい、一番素晴らしい料理は何かな。そりゃもちろん素敵、ステーキ! 飲んだら怒られる飲み物は? コラっ! コーラだぞ! パンはパンでも食べたら衝撃を受けるパンは? おおショック! ショックパーン! はい笑って、笑って、笑えよっ!』

「笑えるわけない……」

 沙夜があきれてつぶやく。突然頭に声が侵入するようになり、それがアグニアだということで、変身して出動。空中で二人は合流した。

「窓をあの二つに向かって出そう」

 天莉が言い、沙夜がうなずく。しかし、沙夜が気づいた。

「ねえ、左の塔の上、誰かいる」

「本当だ」

 沙夜には見覚えがあった。ルリエに見えた少女。遠いので顔がよく分からないが、背中に黒い翼が出現するのが分かった。そして塔の上から飛び立つ。

「こっちに向かってくるよ……」

 天莉はやや怖がっているようだ。

「戦うしか……」

「でも沙夜、相手は人間なんでしょ?」

「何もしないとこっちがやられるよ」

「ルリエかもしれないんでしょ?」

「そうだけど……私もそんなに自信ない」

 相手が、大鎌を出すのが見えた。こちらも出すしかない。二人は叫んだ。

「ドゥレパーニ!」

 二人の手にも、大鎌が出現する。

「どうして……同じ武器を持ってるんだろう」

 天莉が言う。

「そうだよね……姿も似てる。色が違うだけで」

 何かいろいろおかしいと沙夜は思った。二人は大鎌を構える。二人とも手が震えていた。距離が縮まり、沙夜にはその顔が確認できたが、予想と違った。飛んできた少女は黒いマスクで鼻から下を覆っていた。目しか分からない。

「ねえ、あれはルリエなの?」

 天莉が沙夜に問いかける。沙夜は答えに困る。

「前は……マスクしてなかったんだよ」

 少女は明らかに自分の方に向かって飛んできていると分かり、慌てて別の方に羽ばたいて逃げる。

「沙夜!」

 天莉が叫ぶ。沙夜はそれに答えた。

「あいつは私を狙っているんだ! 私を憎んでいるから」

「どうして?」

「どうしてって、ルリエは私がじゃまなんだよ!」

 少しやけになって沙夜が叫んだ。

「ルリエかどうかなんて分からないよ!」

 天莉も怒ったように叫び返す。

 もう分からなくなって沙夜はひたすら羽ばたいて飛ぶ。どうしたらいいか分からない。相手の少女は、大鎌を構えて自分を追いかけてくる。自分だけが狙われている。ひたすら怖かった。

「ドロン! 助けて! 鎌持って追いかけられてる」

 沙夜は叫んだ。もう助けを求めるしかない。ドロンの応答があった。

『沙夜、天莉、新しい技を教える。アーデインだ。アーデインと叫び、それから歌え』

「歌?」

『そう、歌で敵をおとなしくさせる技だ』

「何の歌を歌えばいいの?」

『二人が知ってる歌だ。なるべく声を合わせて歌ってくれ』

 そうは言っても、ドロンとはペンダントで通信が取れても、ペンダント同士の通信ができないので、何の歌にしようか相談もできない。今更だが不便な仕様だ。

「ねえ、天莉は……」

『その天莉から伝言だ。「チューリップ」でいいんじゃないかって』

 とっさに何を言ってる分からず、一瞬考えた。

「ええっと……童謡の?」

『俺は日本の歌は知らんが、多分そうだろう。とっさにそれしか思いつかなかったって』

 確かに羽ばたいて逃げながらだから、複雑な歌詞は無理だ。だからといってチューリップとは……その時、また別の声が響いた。

『はーい、カラスが乗ってる乗り物は? もちろんカー! 馬が水撒きたいって、じゃあホース持ってきな。ああっテントウムシに子供が埋まれそうだっ。ようしテントウムシのサンバ連れてこいっ。くそっ、なんで笑ってくれないんだっ!』

 沙夜は頭にきた。つまらないギャグばかり聞かされ、このままでは気が狂いそうだ。後ろを見るとやはり黒い翼の少女が、飛んで追いかけてくる。速くはない。ルリエだったら、ここのところ弱っているし、体力はないはずだ。

「ドロン、アーデインのカウントダウンして」

『いや、でも俺の仕事は……』

「じゃあどうやって天莉と連絡取ればいいの? このペンダントダメじゃん!」

 その剣幕にドロンもたじろぐ。

『う、うん、分かった。よし二人とも、アーデインのカウントダウンだ。三、二、一』

 二人は同時に叫んで、歌った。 

「アーデイン! さいた、さいた、チューリップのはなが、ならんだ、ならんだ、あかしろきいろ」

 こんな状況で童謡とは、ひどくバカバカしいことをしているように思えて、沙夜は情けなくなる。しかも特に何も変化がなかった。少女は変わらず追いかけてきているし、また例の声がする。

『はぁい、あのー、うっかりレモンかじって口の中大変よ。うん、そりゃスッパイしたね。俺のこと、ナメるんじゃねえよ。甘いな。あっ、ナメたんだな。いつの間に? おい、面白くないのかよっ!』

 沙夜は叫んだ。

「ドロン! どうなってんの?」

『なかなかキュートな歌だな』

「そうじゃなくて! なんで何も起きないの?」

『あのさ、二人のテンポが違うんだ。一、二、三、四、こんくらい』

 技が面倒すぎる。

『あー、あとね、沙夜は、もう少し元気に歌った方がいいな』

「今、追いかけられてんの!」

『ごめん、そうだった』

 それだけが理由ではないが。ドロンは気を取り直すように、なるべく明るく言った。

『ええと、じゃあ、もう一回行こうか、カウントダウン。三、二、一』

 再び、二人は叫んで、歌った。 

「アーデイン! さいた、さいた、チューリップのはなが、ならんだ、ならんだ、あかしろきいろ」

 今度はその声が空中に響くのが分かった。少女が追いかけるのをやめ、地上に降りていく。電波塔には変化がなかったが、声はもうしなかった。空中で二人は合流する。

「窓を出そう」

 天莉が言い、沙夜がうなずく。二人は距離をとって叫んだ。

「テュリスアニックス!」

 光の窓が出現。電波塔の一つが砂のように崩れて、窓に吸い込まれていく。


 名もほとんど知られていない。若手のお笑い芸人が一人暮らしの部屋で亡くなった。栄養失調だった。最近、仕事がほとんどなかったという。

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