第12話 信じてたから
インターホンを押しに向かった風葉は、玄関の前でもう一度立ち止まった。と思いきや、再び歩き出す。
しかし、玄関とは反対側へ。
理愛華「ちょっと、どこへ行くつもり?」
風葉は無言のまま歩き続け、歩道へと戻ったところでもう一度立ち止まる。そして、くるっとこちら側を向いて、俺の目を見た。
風葉「……勝兄」
勝幸「何だい」
風葉「最後に、1つ……聞きたいことがあったんだ」
勝幸「言ってみたまえ」
風葉は視線を逸らして、指を絡めたり離したり、落ち着かない様子で質問を言葉に出そうとする。
風葉「えっと、えっと……あ、あのね……?」
俺は黙って風葉を見ていた。
こいつはわざわざ引き返してまで、何を聞きたいのだろう。
中々口に出さないのは少し焦ったく感じるが、質問に答える機会が今後あるとは言い切れないので、待っていよう。
風葉「どうして……」
明るい色の瞳を俺に合わせて、風葉は絡めた手を解き、グーにする。
風葉「どうして、あの時ウチを警戒せずに家に入れてくれたの……?」
俺は言葉無く、風葉の目を見ている。
再び風葉は目線を逸らして、詰まりながらも言葉を繋ぐ。
風葉「そ、その、ウチがもしかしたら金を盗んでいなくなってたかもしれないでしょ?なのに、その、確かにウチがお願いしたとは言っても、どうして家に連れてってくれたのかなって…………」
勝幸「逆に聞こう」
表情を変えずに、俺は淡々と質問を飛ばし返す。
勝幸「あの日、俺は金を出しても良いと言ったのに、何故お前は受け取らなかった?」
風葉「……‼︎」
風葉はハッと目を見開き、俺の方を見た。
茶色にも橙色にも見える明るい瞳は、揺れるように俺を捉えている。
ふと、その視線は下へと落ちる。絞り出されるように、僅かに開いた唇の
風葉「信じてた、から………………」
まつ毛に隠されて、瞳はよく見えない。表情筋の動きもよく読めない。
でも、プラスの感情では無い事は、雰囲気で分かる。
だから、俺は彼女の肩に優しく触れて、腰を屈めて顔を覗いた。
勝幸「……俺も同じだ」
風葉「…………‼︎」
本当に、俺はこいつを信じていた。
決して万札でカマをかけた訳ではないが、それに見向きもせず、苦しそうに訴えかけて来た彼女が金を欲していたとは思えなかった。
だからこそ、俺は困っている彼女を何とかして助けてやりたいと思った訳であって。
つまり、俺の定言命法は、風葉への信用の下に成り立っていたのだ。
風葉「そうなんだ……ウチも、勝兄も……」
勝幸「あぁ、信用してたんだな」
風葉は優しく微笑んだ。つられて俺も笑顔になる。
やっぱりこいつには笑顔が似合う。色々とヤバイ人間じゃなければ、悲しんでる顔や苦しんでる顔より、笑っている顔の方が好きなのは当然だと思う。そんな中でも、こいつは笑っている時の様子が一段と見ていて気持ちが良い。
だから、こいつには、これからも笑顔でいて欲しい。
俺らと別れ、元の生活に戻ったとしても………………
勝幸「よし、いこう」
無駄な感傷に浸っている場合ではない。これから何とかして、風葉と親御さんを和解させなくてはいけない。
俺は風葉に向かって一言だけ放ち、風葉の家へと歩き出した。
風葉「…………うん……‼︎」
≪≫
愛知へ出張に行ってた夫が帰って来た。
ついでに甲府の実家に寄ってたらしいけど、フィリピンに行ってた春の時よりはすぐに戻って来てくれたし、娘の風葉もここ数日は夫の両親の家に泊まりに行ってたので、自分のストレスも少し落ち着きを取り戻していた。
風葉父「これ、お土産」
風葉母「あら、手羽先とお菓子ね。
自分の下の娘の名前を呼ぶ。
子供部屋にいた小学生の娘は、夫の姿をみると、『お父さーん‼︎』と言って夫に飛び付いた。お互いニコニコと笑って、夫は頭を撫でながら娘を抱っこしている。
風葉も、この頃はまだ可愛げがあったのに。
どうして、あんな親の
確かに、学校で勉強した知識など必要ない仕事もある。偏見かもしれないが、動画配信者やスポーツ選手はそんなイメージがある。
でも、学校で勉強をしたせいで、将来困る事なんてないのに。
それに、学校は勉強以外にも、人付き合いや社会性の学習にもなるもの。それがなくては、将来的に考えて社会の構成員として生きるのは難しい。
だから、母親として、風葉には学校に行って色々と学んできて欲しかった。
こんな、
突然、それで思い出した。
少し焦ったように夫に質問する。
風葉母「ねぇ、そう言えば風葉はどうしてた?」
風葉父「風葉が?何の事?」
風葉母「いや、だってあなた甲府の実家に寄ってたんでしょ?」
風葉父「一泊した」
風葉母「風葉も甲府に泊まりに行ってる筈なんだけど。いたでしょ?」
風葉父「……いなかったぞ?」
風葉母「…………は?」
何で、どうしていないの。
夫と一緒に帰って来てない時点で少し気になってはいたけど、甲府にいないってどう言う事なのか。
風葉母「どっかに出掛けてたとかは……?」
風葉父「親父もお袋も、風葉の事は全く口に出してないよ」
風葉母「そんな…………‼︎」
聞き間違いで、自分の両親の方へ行ってる可能性はあるか。いやない。実家があるのは東北だ。そんな遠くまで、気軽に行く筈がない。
それにまだ風葉は16歳。普通なら高校生の年齢だ。平日にうろちょろしてたら、普通は補導される筈…………
……平日?
いや、風葉がここを出発したのは確か日曜日だった。そう言えばその日は…………
風葉母「
受話器を取り、風葉の友達のお宅へと電話をかける。
しかし、そこに風葉はいなかった。月曜日の朝に出て行ったらしい。
ならば、平日の移動が確定した分、尚更東北なんかには行きづらい筈だ。でも、万が一の可能性もある。
風葉母「一応実家にも電話してみるわ‼︎」
電話番号を高速で押して、コールする。手には汗が
…………しかし、いなかった。考えられる具体的な場所全ての可能性が絶たれた。
ならば、どこにいるのだろう。
ふと、二つの可能性が浮かび上がる。
一つは事件事故。連れ去られたとか、見知らぬ場所で
もう一つは……家出。
二つの可能性を提示すると、夫も焦りを見せて、表情が
どちらにせよ、この可能性を伝えないといけない相手はただ一つ。
風葉母「警察に……電話しましょう」
受話器を取る前に、伝える事を頭の中で整理する。きちんと伝えないと、警察もしっかりと対応出来ないから。
そう思い、目を閉じていた
ふと、インターホンが鳴った。
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