第11話 親の仕事とすれ違い

八王子に着いた俺達は、特急電車に乗り換える。


勝幸「全席指定席か。どこに座るかな」

風葉「じゃあ、一番前の車両に行きたい‼︎」

勝幸「分かった。任せるから、空いてる好きな場所選んでな」


3人分の特急券と弁当を買って、ホームで出発まで待つ。

雨は降ってないものの、厚い雲が空一面を覆い、昼に近づいて来たにも関わらずかなり涼しかった。

やがてアナウンスが流れると、線路の向こうから洗練されたデザインの特急電車がホームに入って来た。

1両目に乗り込む。


理愛華「ここなら外の景色も良さそうだね」

風葉「ウチが窓側に座っていい?」

勝幸「どうぞ、俺はどこでもいいや」


結局、風葉が窓側に座り、隣に理愛華、向かいに俺が座った。

電車がゆっくりと走りだす。

1駅も止まらないで降りる駅に着くので、距離の割には早く着くだろう。


勝幸「あ〜……上手く仲を取り持てるかな…………不安になって来たよ」


買ってきた弁当を食べながら呟く。すれ違いが起きた1つの家族の仲立ちをするなんて、こんな経験ないから不安が増す。

お互いに意地を張らなければいいのだが。


理愛華「風葉も家出した事は謝るんだよ」

風葉「うん……」

勝幸「そうだな。誠実に謝罪すれば、お父さんお母さんも自分の非を認めてくれるよ」

風葉「………………」


ふと、風葉は黙りこくって目線を落としてしまった。箸の動きも止まっている。そのまま時が少しずつ流れていく。

俺は一口運んだ食べ物を飲み込み、顔色を窺う。

悲しいようにも、落胆しているようにも見える。はっきりと感情は読み取れない。けど、暗い表情である事は理解出来た。


勝幸「風葉、どうしたんだ……?」


少しの間に続いた沈黙ちんもくの中で、俺は尋ねた。

俺の声を聞き、彼女は顔を上げる。

そして俺の方に目線を送る。何かを言いたそうな顔でこちらを見つめて来る。頭で言葉でも探しているのだろうか。

ふと、彼女は窓の方を向くと、一昨日よりもつやを取り戻した髪をいじりながら、小さな声で言った。


風葉「お父さん、いない可能性が高いよ」

勝幸「………………どういう事だ?」


俺は、風葉の言葉が理解出来なかった。

父親がいない"可能性"が高いとは、本当にどういう事なのだろうか。

いない、という断定ではないから、父親はちゃんと存在しているのだろう。でも、いるいないに可能性などあるのだろうか。

言葉の意味を掴みきれない俺に、風葉は言葉を返す。


風葉「仕事……仕事でね、家にいないかもしれないって事なの」


相変わらず、複雑そうな瞳をしている。

仕事の都合で家を離れている事が多いのだろうか。それで、寂しさや不満といった感情を抱えているのかもしれない。

彼女の父親は仕事で家にいないかもしれないと言った。

逆に言えば、家にいるかもしれないという事だから、単身赴任ではないだろう。出張か、それとも、忙しい───例えを悪く言うならブラック企業───という可能性も考えられる。

目線を右上にっていると、理愛華が口を開いた。


理愛華「お父さんのお仕事って何をやられているの?」


う〜ん……と小さく声を漏らして、風葉は答える。


風葉「なんかね、こう……説明が難しいんだけど、コンサルタント?ってのをやってて、確か街の再開発みたいな事にたずさわってるの」


コンサルタント。

種類がとても多いので一括りには出来ないが、確かに日本全国を飛び回っていてもおかしくはない。ブラック企業ではないだけ良かったが、集団の下の仕事ではない以上、個人的に忙しくする事も可能だろう。

風葉は続ける。


風葉「それでね、お父さんは九州とか四国とかによく出張に出てて、しかもここ3〜4年は東南アジアにも仕事しに行ってるの」

勝幸「東南アジア⁉︎」


衝撃的な話だ。

四国や九州への出張は珍しくないかもしれないが、東南アジアまで行ってるとなると、流石に驚きだ。

きっとあちこち動き回ってて、なかなか家に帰ってあげられないのだろう。


理愛華「へぇ〜、忙しいのね」

風葉「うん。だからね、お母さんはお父さんが家にいないせいでストレスが溜まってる。それが原因でよくウチと喧嘩けんかになったり、お父さんとお母さんの間にすれ違いが生まれちゃってるの」

勝幸「成る程、だから今回も出張してて家にいないかもしれないって事か」


風葉は小さく首肯する。

今は大人しく、幼さすら感じる少女だけど、家出する前は母親と何度も喧嘩を繰り返していたのだと思うと、何だか胸が締め付けられる思いだ。

でも、風葉の母親も、夫である風葉の父親が帰って来なくて大変だったのだろう。

子供の面倒を見るのが限界だったのか。家事を全て担当するのが大変だったのか。それとも、ただ単に夫がいなくて寂しかったのかもしれない。

そう思うと、誰かが悪い訳でもないように感じる。

仕事を頑張る父親に、家と子供を全て担う母親。そして、普通に生きていた子供。

決して、家族内での役割のキャパシティがガラ空きだったのは一人もいないと思う。

家族間でのすれ違いが起きたのが、風葉の父親が東南アジアにも行くようになった頃と同時期と仮定しても、風葉が自堕落じだらくに生きていた頃よりも前の話だから、風葉の落第が原因とは考えられない。

結局、誰が悪いどうこうではなく、無残にもバランスが崩れてしまった家庭だったということだ。


少し重たい空気が漂う。

自らの発言に責任を感じ、雰囲気に耐えかねたのか、風葉は俺の方を向いて話し掛ける。


風葉「ねぇねぇ、勝兄の両親ってどんな職業なの?」


先程の暗い様子は、完全にとは言えないものの、かなりかき消されていた。

彼女は少し身を乗り出して、いかにも興味アリな視線を向けている。

まぁ、こいつの暗い顔も見たくはないし、話に付き合うとするか。


勝幸「そうだな……俺の親はどっちも働いてるんだ。しかも、何気に似てる」

風葉「へぇ〜……具体的にどんな仕事をしてるの?」

勝幸「父親は国家資格持ちの建築士。それで、母親はインテリア関連のデザイナーだ」

風葉「凄い……‼︎いい仕事じゃん‼︎」


風葉は目をキラキラさせて、無邪気な笑顔を見せていた。俺も小さく笑う。

いい仕事、か…………

俺はよく分からないけど、確かに父親は事務所も持っているし、母親も顔が広いらしいから、結構恵まれてるのかもしれない。

仕事柄が少し似ている点もあるから、風葉の父親のように家をよく離れている訳でもない。むしろレイアウトをするという点では同じだから、お互いの仕事に口を出し合える程だ。決して仲が悪い事はなかった。

そう思うと、俺は環境に恵まれていた人生を送っていたのだろう。それならば、俺がそこそこの難関大学へ通い、充実した人生を過ごせているもの当然なのかもしれない。


風葉「ねぇねぇ、理愛姉は?」


今度は横を向いて、理愛華に話題を振る。

それを見た俺は、窓の外を眺めながら、再び弁当に手をつける。


理愛華「えっと、私の?」

風葉「うん。理愛姉のお父さんとかのお仕事、何?」

理愛華「え、えっと……ね…………」


その時。


勝幸「あっ廃墟はいきょだ‼︎」


窓を見てて会話を聞いてなかった俺は、どうやら二人の話題を断ち切ってしまったみたいだ。


理愛華「えっどこ⁉︎」


ふと俺が放った一言で、理愛華が飛びついて来た。

彼女は奥の席から乗り出し、ふわっとした髪が俺の頬に触れる。

話題を中断してしまった自覚は頭の片隅に追いやられ、興奮が脳内を占領する。


勝幸「ほら、あそこ‼︎デカくね?」

理愛華「本当だぁ……‼︎アレ何の建物かな?」

勝幸「工場じゃね?もう見えないけど、つたただらけだったし、明らかに廃墟だ」

理愛華「うわぁ〜近くで見てみたいなぁ〜」


廃墟トークが始まる。

突然の話ではあるが、俺と理愛華は廃墟巡りという、時々行う変わった趣味がある。

その為、廃墟を見るとワクワクしてしまうのだ。

誰か理解して頂けないだろうか?

あの中はどうなっているのか、何に使われていたのか、どれ程放置されていたのか……?そんな疑問を感じると、ミステリアスでワクワクする。

不法侵入になるので、観光用に管理されている廃墟以外は入らずに外から見るだけだが、それだけでも面白い。

あの建物も、もっと近くで見てみたいものだ。


風葉「…………」


……少し熱くなってしまった。

建物が完全に見えなくなると、落ち着きを取り戻して、俺はペットボトルに口を付ける。


風葉「…………えっと、りえ……」

理愛華「あ、ちょっと化粧室行って来るね」

勝幸「どうぞ」

風葉「………………」


ふと理愛華は立ち上がると、そそくさとトイレを探しに行った。


風葉「理愛姉、どうしてあんなに誤魔化ごまかそうとしてるの……?」

勝幸「あいつは親の仕事を容易く言いたくないタチなんだよ」


俺は苦笑してそう言う。

風葉は、納得いかないという表情で頬を膨らませている。

でも、仕方ない。

あいつの仕事は、俺らの親とは違う世界だから………………



≪≫


八王子を出発しておよそ30分後、大月駅に停車した。

構内を出て、外の空気を吸う。

人口が3万に満たない市なだけあって、大都会の喧騒けんそうからはかけ離れた、落ち着く場所だった。

四方遠くを見ると、山に囲まれている。

当たり前だと言えばそうだが、神奈川と比べると、圧倒的に自然を感じられる場所だ。

深呼吸をすると、俺は風葉の方を向く。


勝幸「じゃあ、こっからはお前の案内で頼む」

風葉「うん」


周りの町並みや自然を眺めながら、風葉の後をついて行く。

そして、10分程歩いただろうか。桂川─────相模川上流─────沿いの低層集合住宅の前まで来た。所謂いわゆるテラスハウスというやつだ。

そこで風葉は立ち止まった。


理愛華「ここが家?」

風葉「そうだよ」


風葉は軽く頷くと、家の方を向く。

決してその表情は明るいものではない。拳が握られ、弱々しく震えている。

5日ぶりの家を前に、風葉は何を思っているんだろう。

家に帰らせようとしてる自分が言うような事ではないが、あまり帰りたくはない事は分かる。

でも、ここまで来たんだ。俺が精一杯のサポートをしてあげないと。


勝幸「大丈夫だ。落ち着いて、話し合おう」

理愛華「私も手助けするから。だから、不安にならないで。ね?」

風葉「勝兄、理愛姉…………」


ふと、風葉は胸に手を当てて深呼吸をして、ゆっくりと歩き出す。

怯えるような表情で歩き出す。でも、その小さな背中には少しばかりの決意と勇気もあるような気がした。

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