闘う女。——ファイト

私は中島みゆきの名をぼんやりとしか知らなかった。


女友だちがカラオケで「悪女」を歌って、それでちゃんと知ったようなものだった。

一時期、洋楽ばかり聞いていたので、疎かったのもある。

(たとえばユーミンすら、ずいぶん後追いだった)


知ってみれば、あぁ、あのドラマで流行った主題歌はこの人が歌っていた(作った)のか……と、聞いたことのある曲がけっこうあることに気づいた、という感じ。


***


大学時代、あるゼミに属していた4人で、自主サークルを作ることになった。

その時、メンバーの一人の男子が、「俺、中島みゆきの『ファイト』が好きなんだよね。だから、(自分は)それをテーマソングにしてがんばろっと」と言った。



中島みゆきのファイト?

もちろん、知らなかった。。。



♪〜ファイト! 闘う君の唄を

  闘わない奴等が笑うだろう

  ファイト! 冷たい水の中を

  ふるえながらのぼってゆけ


サビを軽く歌ってくれたけど、あとでちゃんと本人バージョンで聞いた歌とは全然印象が違っていた。


本当は、いい歌だった。



そもそも私は、そのゼミをすすんで選んだわけではなかった。

エミリー・ディキンソンが好きだったので、彼女の文学(詩)を取り上げるということで参加したはずが、オリエンテーションに行ってみたら、女性の教授が開口一番こう言った。


ディキンソンを本当の意味で理解するには、やはり女性問題、女性学の素地があった方がいいと思い直して、急きょ、ゼミの内容を変更することにした。

なので、それが意に沿わない人は、ここで退出してかまわない、と。


今さらこれをやめて、また単位を計算して講座を選び直すなんて面倒だ。


ただそれだけの理由で、私はそんな学問があることすら知らなかった「女性学」とやらをやることになった。



このゼミのおかげと言っていいのか、私がこれまで何の疑問も抱かずに受け入れていた既存の(ジェンダーに関する)価値観が、ガラガラと音を立てて崩れるという、かなりの衝撃を受けたわけだけど。


それもまた新鮮におもしろく、4人という少人数ゆえかメンバーもすぐに仲よくなった。


そして、すでに女性学に明るく、女性の権利を守るような弁護士になることを目指していた法学部生の女子、斉藤さん(仮名)が発案して、サークルを立ち上げることになった。


少しでも多くの学生に、(私と同じような)価値観の転換を起こす契機を提供する。


そんなような目的だったと記憶してる。



週一の集まりは、持ち回りで一人が女性問題に沿ったテーマを自由に設定して、発表をする。


私は、近代日本文学の名作と言われる小説の中から1冊を選び、数週間前にみんなに読んでおいてくれるようにお願いした。

小説の内容の中に、ジェンダーに関する問題を見つけるという趣旨だった。


確かに、薄い本ではなかった。

そのチョイスは、彼女の負担になったんだろうと思う。


私の発表当日、斉藤さんだけが本を読んできてはいなかった。



ある時、某国営放送の討論番組に斉藤さんが出るということで、私たちはそれぞれ自宅で夜のテレビにかじりついた。


テーマはもちろん、女性問題だった。


幅広い年代の男女が車座になって意見を言い合うような形式で、女性学的な考え方に反発する人も複数いた。


斉藤さんは2回発言していて、その2つ目の発言は、


「男の子が女の子を『守ってあげたい』と思う気持ち。それが私たちには負担なの」


だった。


いかにも斉藤さんらしい。


そして、彼女には華やかな場が似合うようにも感じた。

法廷で弁論する輝かしい姿が容易に想像できる。


大学の出版物に、斉藤さんの文章が載っていたこともあった。

彼女はすでに「活動家」風情だった。


***


だけど、斉藤さんはサークルの大きなイベントの、地味な準備作業にいつも遅れて来る。

来ればいい方で、来ないこともあった。


寝坊でゼミを休んだことも、ある。


忙しかったのかもしれない。

ボサボサの髪で現れることも、一度や二度じゃなかった。


だけど、イベント当日の司会進行は、実に素晴らしくやってのける。

脚光を浴びて光り輝くタイプだ。


それを、私たちは影となって支えているようなものだった。


成功は、すべて彼女のもの?


事実としては、そうなっていた。


***


最近、コマーシャルで『ファイト』がよく流れていた。


それを聞くたびに、どうしてもあのゼミとサークルと斉藤さん(あの男子メンバーではなく)のことがよみがえってしまう。


彼女は、今も闘ってるんだろうか。

女性の権利を守る法廷の闘いで、あのころみたいに輝けているだろうか。


♪〜勝つか負けるかそれはわからない

  それでもとにかく闘いの 出場通知を抱きしめて

  あいつは海になりました



あのね、私はすごく心配してたんだ。


世の中には、表に立って輝く人と、裏で時に汚い地味な実務ってヤツを確実に、でも淡々とこなす人の両方が必要なんだって、貴女を見てつくづく思ってた。


貴女はきっと、実務が苦手な人なんだよね。


表舞台で、生き生きとしていた姿。

光が当たらない時の、自己管理さえもままならないような不器用さ。


貴女はそういうアンバランスな人だった。


立ち上るような熱気をまとっていながら、時々、ボロボロにも見える。


貴女は何と闘っていたの?

何にボロボロになっていたの?



まさかとは思うけど、って言うのも失礼だけど、カレシでもいたのかな。


いつも何かに立ち向かってるように見えたから、そういえば、そんな想像してみたこともなかったよ。


もしかして、価値観の違うカレシだったりした?


でも、そんなカレシは作らないはずだよね。


あるいは、価値観が同じと思っていたカレシに時々垣間見える、ジェンダーの呪縛に苛まれたりしてたのかな。


あまり肩に力が入っていると、自分の首も締めることになるものだよね。


ごめんなさい、これは勝手な私の想像だけど。



♪〜私 驚いてしまって 助けもせず叫びもしなかった

  ただ恐くて逃げました 私の敵は 私です


斉藤さんなら、逃げるなんてことは絶対にしない。


だけど、「私の敵は私」ってフレーズに、やっぱりあの男子メンバーじゃなくて、斉藤さんの顔が浮かんじゃうんだ。


貴女は、自分のアンバランスさと闘っていたのかもしれないね。



その後、ちゃんと弁護士にはなれたんだよね?


誰か、貴女の熱意に賛同して、陰で実務やら含めてサポートしてくれるような人が見つかっていればいいんだけど。



——などと、テレビから流れてくる『ファイト』を聞きながら、はるか昔の同志へ要らぬ心配をしてしまう私なのだった。




♪「ファイト」中島みゆき

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