インキュバスくん2

 サークルが終わり、俺と夕は家路に着く。歩いて10分ぐらいのマンションに向かう。俺たちの住んでいるマンションは学生寮で他にも多くの学生が住んでいる。

 俺の部屋の前に立ち家の鍵を取り出し、扉を開ける。


「ただいまー、疲れたー」


 俺は荷物を部屋の隅に投げ出し、床のクッションに座り込む。学生寮の自室には机や本棚、テレビなどが雑多にあり、壁には服が掛けられている。一般的な男子大学生の一人暮らしの部屋だ。


「おつかれさまー! そうくん」


 夕も俺の隣へと座る。


「ってなんで夕もここにいるんだよ⁉︎」


 隣を見て俺はツッコミを入れた。なんかちゃっかり入ってきてるし。


「だって、いつものことじゃん」


「まぁ、そうだけどさー」


 夕に懐かれてから度々、夕は俺の家に来てはゲームをしたり夕飯を食べるのが日課になってきていた。あまつさえ最近は泊まることも多い。気付いたらこいつは家にいるのだ。部屋には、夕の私物も増えていっている。

 最初は女の子みたいにかわいくてドギマギしていたが、俺もしばらくしてからは慣れてしまった。今もかわいいと思うけど。


 交互にシャワーに入り、汗を流して楽な格好になってからゲームを始める。

 夕はショートパンツにぶかぶかの俺のTシャツを着ている。前の襟元から白い透明感があるきめ細かい肌が胸元がチラチラ見えそうになっている。かなり攻撃的な格好だ。俺は夕が男だと知りつつもいつもドキドキしてしまう。

 俺はかなりのゲーマーで、夕はゲームがド下手でいつまでもうまくならないのに楽しそうにしている。

 ゲーム中の横顔が可愛くて時々チラ見してしまう。


「また負けちゃったー」


「いやいや、夕が弱すぎるだけだから。もっと強くなって俺を負かさせてくれよ」


 ってな感じだ。格闘ゲームやRPGなどをやっている。

 それからは課題をやったりして夕飯を作って食べている。

 夕はかなり料理の腕があり、いつも作ってくれる。最高のお嫁さん、もといお婿さん? になれるのではないだろうか。


そうくんはなにか食べたいものある?」


「なんでもいいぞ」


「もー、「なんでもいい」は一番困るってお母さんに教わらなかったの?」


 最近はだんだん小うるさくなってきた気がするし、今日は怒ってばっかじゃないか。世話焼きというかなんというか……。


「すまん、カレーが食べたいかな」


「うん、わかった」


 夕の作るカレーはなんだかすごくおいしいのだ。お母さんのカレーって言う感じなのかな。俺の母親は俺が幼い頃に死んでしまって、みんなにあるものが俺には分からないのだ。こうやって思ってることは夕には内緒だけど。

 高校から全寮制だった為、常に誰かといたが大学生になり遂に一人暮らしを手に入れた。と思ったのに夕に懐かれてしまったという感じだ。

 しかし、夕といる時間はこれまでの男ばかりのむさ苦しい時間とは違うのだ。なんだか優しくゆっくりと時間が流れていく。


 そうして今日もいつもと同じルーティーンで夜も更けていった。

 大学生は基本的に夜更かしをするものである。俺と夕も例に漏れず今夜も夜更かしをする。


「なんかもう夏って感じだね」


 俺と夕はアイスを食べながら、深夜少し前の夜道を歩いていた。夏の熱風がゆっくりと流れていく。夜でもあまり涼しくはない熱帯夜だ。

 街灯がぽつぽつと立っている道を歩いていると近所の土手に出た。川面が街灯の光を反射して揺らめいていた。川沿いの道は川の水のおかげか風が涼しいような気がする。そして、住宅街とは違う空気が流れる開放感があった。


「もうすぐ夏祭りだね。一緒に行こ」


 夕は少し先を歩いていたが、振り返って言った。そして俺と並んで歩きはじめた。


「そうだな、あいつらも誘っていくか」


 俺は夕方部室で駄弁っていた友人達を思い浮かべた。


「ダメ。二人で行きたい……」


「えっ?」


 俺は俺のTシャツの裾を握る夕を見た。

 聞き取れなかったわけじゃない。夕のか細い声は聞こえていた。それでも俺はつい聞き返してしまった。


「だから、ボクは相くんと二人だけで夏祭りに行きたいの」


 夕は尚も俺の裾を握って節目がちに言った。俺は夕のその表情を見るのが気恥ずかしくなり、川面を見つめて、


「わかった」


 とだけ言った。

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