インキュバスくん3

 それから俺と夕は交わす言葉も少なくなり無言で土手からの家路についた。

 土手から家の扉まで裾をずっと握られたままだった。学生寮だが部屋に入るまでの間には運良く知り合いに会うことはなかった。こんなところを見られる訳にはいかない。


 玄関の扉がバタンと締まる。


「なぁ、夕。どうしたんだよ?」


 俺は狭い玄関で振り返ろうとした。夕は握っていた俺のTシャツの裾を離すと、俺の背中に抱きついた。


「うおっ、おい、本当にどうしたんだよ?」


 夕は俺の背中に顔をうずめたまま何も言わない。熱帯夜で俺の背中は夕と俺の体温でじっとりと汗ばんでいく。

 どうすることもできないまま俺は夕の言葉を待った。背中から夕が微かに震えているのが伝わってくる。


「もう……」


 背中に顔を埋めたまま何かを言う。聞き取れない。


「ごめん、もう我慢できない」


 そう微かに言うと夕は俺をグイグイと押し始めた。俺は押されるまま靴を脱いで部屋へと入る。そして、そのままの勢いで部屋にあるベッドの上に背中から押し倒される。

 夕は俺の上に乗ってぎゅっと抱き締めてきた。甘い香りが俺の鼻と感情を刺激する。俺の心臓はドクドクと脈打ち、もしかしたら上にいる夕にも伝わっているかもしれない。

 尚も夕の身体はかすかに震え、熱い。


「なぁ、どうしたんだよ…」


 俺はそれだけしか言えない。男同士で押し倒されて、抱き着かれるなんて。夕はかわいいけど男だってことは分かってるし、男とだなんて俺はそんなんじゃない。それでも夕と一緒にいる時はドキドキしてしまって理性がどこか違うものに変わってしまいそうになる時だってあった。今だってドキドキする。


 そして夕は俺の顔をマジマジと見てから、少しづつ顔の距離が近づいていく。

 俺は何も言えないまま、夕の目と唇をただ見ていることしかできない。

 そして、きれいなピンク色の唇が俺の唇に重なる。すぐに口の中ににゅるにゅるとした何かが入ってきた。俺はもうされるがままで、その熱いものと自分の舌を絡ませる。夕の息遣いは激しく、そして同じぐらい俺の鼓動も激しくなっていく。そして俺の口の中をゆっくりとかき乱して歯を撫でまわす。唾液は口元から流れ甘い味がする。

 もうどれだけそうしていただろうか、目の前のできごとに俺は夢中でどれぐらい時間が経ったのか分からない。10分? 30分? それでも一瞬のような気もする。脳が理解できないぐらいの甘い時間だったことだけは分かった。

 俺の唇から離れた夕の口元から唾液が伝う。夕はおもむろに着ていたぶかぶかのTシャツを脱ぎ、白い肌が露わになる。同じ男だとは思えない白くて、細くて、きめの細かい肌だ。

 そして俺のTシャツの中に入って、痕をつけていく。舐めて、噛んで、唇で、夕の息遣いが汗ばんだ俺の身体に当たる。

 お互いの汗で体の境目がわからなくなっていく。ただ身体は熱く、衝動は抑えられない。


「ちょっと、ちょっと待てって」


 俺は自分の感情に歯止めをかけるために言った。このままでは取り返しのつかないことになる。夕のことが本当に好きになってしまいそうだ。俺も夕も男なのに。

 それでも夕は俺の首元を舐め、鼻息は荒い。

 俺は夕の肩を掴み引き離す。

 肩はすごく華奢で目は虚で息は荒い。口の端をヨダレが伝う。頬はピンク色で妙になまめかしかった。


「やだ、もっと続けよ?」


 その表情は男なのを忘れるぐらいにとろけている。


「ダメだ。男同士だぞ?」


「そんなの関係ないよ。ボクは相くんが好きなの。自分の気持ちに嘘つけない。もう、我慢できないの。相くんだってボクのこと見てる時エッチな目で見てたでしょ?」


 いつもドキドキしていたことも見透かされていたようだ……。俺は何も言えずにいると、またキスをされた。俺はそのまま押されるように、夕の欲望が満たされるまでそれは続いた。

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